次期家元は無垢な許嫁が愛しくてたまらない
 伊蕗が楽しそうに口角を上げて、茉莉花を見下ろしていた。

「その分だと、男の裸を見たのは初めて?」

 もう一度謝ろうとした茉莉花だが、考えてもみなかった伊蕗の言葉に、「え?」と首を傾げる。

(大人の男性だから、見られることなんて慣れているのかも……)

 伊蕗の反応に茉莉花は困惑していた。

「まあ、女子高生だしね。気にすることはない。ところで、どうしたの?」
「……お布団を敷きに」

 何をしにここへ来たのか思い出した茉莉花は、「失礼します」と言い、伊蕗の横を通って中へ入る。

 十畳の和室の隅に、小さめの旅行カバンとキャリーバッグが置かれていた。

(そういえば、家元も来ているんだっけ)

 ひとつがキャリーバッグなのは、家元の着物用だと考えた。

 床の間の隣の押し入れを開けて、手際よくマットレスをふた組敷く。近くにいる伊蕗が気にならないと言ったら嘘になるが、黙々と手と身体を動かす。

 押し入れから、ふかふかの敷布団を抱え込んで振り返ったとき、いつの間にか後ろにいた伊蕗が、それを引き継ごうと持ち上げた。

「大丈夫です。次期家元はお客さまですから」

 やんわり断るが、敷布団を持つ手は離されない。

「でも、ここは旅館ではないだろう?」
「そうですが……」

 敷布団が間にあるが、思いのほかふたりの距離は近い。憧れに似た気持ちを早々に抱いてしまっていた茉莉花は、恥ずかしくてならない。

「わたしがやりますから」と、敷布団を持つ手に力が入ったと同時に、伊蕗がそれを奪うように自分のほうに引き込んだ。

「きゃっ!」

 強く引っ張られて、敷布団に全体重がかかる。伊蕗もそれを受け止めきれず、尻もちをつく形でマットレスの上に倒れた。

「ご、ごめんなさいっ! すみません!」

 青ざめ慌てて退いた茉莉花の耳に、伊蕗の楽しそうな笑い声が聞こえた。

 敷布団の下で、笑いを堪(こら)えても堪えきれなかったらしく、茉莉花の困惑を吹き飛ばすかのように愉快そうな笑い声だった。


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