硝子の恋
「嫌がってるでしょう?放してあげたらどうですか?」

こつっとその声の主の靴底がなった。

見上げると、いつも私がシフトに入る時に帰っていく男の人。

「なんだね、君は関係ないだろう!」

「僕も客の一人です。

 あなたのような人がいると迷惑なんですよ」

男の人はおじいさんがつかんでいる私の手を外すと、きっとおじいさんを睨んだ。

「今度こんな事があれば警察を呼びますよ?」

「警察なんて大げさな!」

「それは警察が決めることです」

おじいさんは男の人の迫力に負けたのか、急に小さくなって、ぼそぼそと何かを呟き始めた。

でも、私と目が合うと、にたぁっと嫌な笑いを浮かべ「また来るからね」と言ってアメリカンの代金を置いて帰って行った。

「大丈夫?」

「あ、はい」

握られていた手はなぜかねっとりとしたもので触られたような気持ちの悪い感触が残っていた。

「とりあえず、僕も注文していいかい?」

男の人が笑う。でもさっきのおじいさんみたいな嫌な笑いじゃない。

「はい、少々お待ちください」

私は念入りに手を洗うと、注文を取りに行った。

「じゃあ今日は、コロンビアを……ところで、あのおじさんはいつも来てる人なの?」

私に無関心だと思っていた男の人が急にそんなことを言い出すから私はびっくりした。

「え?なぜですか?」

「いや、口調がそんな口調だったから。それに君があまりに嫌がっていたし」

「……はい。私がシフトの時はいつも来ます。正直いって迷惑してるんです」

「そっか」

男の人は、ポケットからボールペンを取り出し、ナプキンに数字を書いて渡してきた。

「これ、僕の携帯番号。何かあったら電話して。

 あ、別に怪しいものじゃないよ。ここで夜間バイトしている、大学3年の誠政っていうんだけど」

「まこと……まつり?」

「そう政治の政の時でまつり」

「もしかして、正っていう弟さん、いません?」

「え?あいつのこと知ってんの?」

「はい、私の学校の生徒会長ですから」

「そっか」

私は、誠君のお兄さんというだけで不安な気分が吹き飛んだのが分かった。

この人なら大丈夫。信じられる。
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