硝子の恋
8時になり、閉店の時間になる。

「じゃあ俺はこれで」

「駅まで一緒に帰ってくれるんじゃなかったんですか?」

モカマタリの料金だけを置いて去っていこうとする政さん。

「あれは、あのジジイが君の後をついて行きそうないきおいだったから……」

「でも一緒に帰るって約束しましたよね」

政さんと一緒に帰りたくて必死に政さんに食い下がる。

「……まぁ、あのジジイがまだいる可能性もあるし……ここは一緒に帰った方がいいかもね。

 だからそんな不安そうな顔しないで」

政さんが笑う。私、そんな顔してたんだ……。

私にとってあのおじいさんは恐怖そのものになっていた。

家の電話も知られたし、もしかしてケータイや、家まで知られているかもしれないと思うと背中がつーと冷たくなった。

「私、どうしたらいいんでしょ?」

「うーん、今警察に行っても、何もされてないからなぁ……」

そうだ、ストーカーまがいといっても、家まで来たこともないし、ただ、私を観察するように閉店までにまにま見ているだけだ。

前に服を買ってあげるから……って言ったときだって未遂だったし……

「そんな顔しないで。

 じゃあ、こうしよう。俺がバイトがない日は俺と一緒に帰ること」

「バイトがある日は?」

「正に任せる」

「誠君に!?」

正直おどろいた。まさかここで誠君の名前が出るなんて。

「でも勝手にそんなこと決めて……」

「大丈夫だって!兄のケンゲンってやつで何とかなるって」

胸を張りいばるように言う政さんに、私は思わず吹き出した。

「そう、それでいい。笑っていた方が絶対いいよ」

「安心したらお腹減りましたね」

「じゃあお兄さんがおごってあげようか?」

「いえ、今日は私がおごらせてください。……っていっても高い物はダメですけど。

 今日、お給料入ったんです。それでうれしさをおすそわけってことで」

「女の子におごらせるのは男としてなぁ……」

ぶつぶつと文句を言う政さんが可愛くて、私の笑いはさらにすごくなった。

「そんなに笑わないでくれよ。失礼だな」

ふてくされる政さんの顔は誠君とそっくりだった。
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