硝子の恋
「山下入りまーす」

私はエプロンをつけ、フロアに入った。

アルバイトは喫茶店。コーヒーの豆も売っているコーヒーの専門店で、スーパーの片隅を借りて細々とやっている小さな所だった。

「山下さん入ったし、私も今日はこれでお終いね」

「おあいそ、お願いします」

先輩の矢野さんが出ようとしたとき、一人お客さんが席から立った。

「はい、有り難うございます。山下さんレジお願い」

言われて私はレジの前に立った。

「カフェ・ロワイヤルですね。980円になります」

お客さんは財布から千円を取り出すと、それを手渡した。

「はい、千円からお預かりいたします。20円のお返しになります」

お客さんの手に20円とレシートを乗せると、お客さんはうっすら笑みを浮かべ

「また来ます」

と言った。

「あのお客さんよくくるのよねー」

すっかり着替えた矢野さんが言う。

「そういえば私が入ったら去っていきますよね。
 ……私きらわれてます?」

「そうだったらまた来ます。なんて言わないよ。でも……たしかに誰か目当ての子がいるのかもね」

「じゃあ矢野さんじゃないですか?矢野さんのいるときにいっつも彼いますよ?」

「うーん、私なのかなぁ?私じゃない気がするなぁ……。
 それに私勉強とバイトで恋愛なんて暇ないし」

矢野さんは医療大学に通っていて将来の夢は女医さんらしい。

そういう夢のある人っていいな。

私には何があるんだろう?

「それじゃあ、お先ー」

矢野さんは今までのバイトの疲れなど嘘かのように軽やかな足取りで店を出て行った。





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