硝子の恋
おじいさんの話をずっと聞いてその日のバイトは終わった。

「つかれたー」

8時終了で、お店の電気を消して、ホコリ防止の布をかける。

学校から直接バイトに来たから、バイトの制服から、学校の制服に着替えて、カバンを持つ。

空はもうとっぷりと暗く、電灯のライトだけが道を照らしていた。


「や!」

「誠君、どうしたの?」

「いや、友達の家に遊びに行ってたらこんな時間になった」

そう言う誠君の手には学生カバンが握られていて、それが事実だということをあらわしていた。

「駅こっちだよね?昼と夜だと道が違うから分からなくなるんだ」

「うん、こっちでいいよ」

無言で二人で駅を目指す。

話かけようにも、特に話題もないし、私はずっと黙ってた。

「そういえば」

「ん、何?」

「山下って絵に興味あんの?」

「んー、何が誰の作品とかはわかんない。でも見るのは好きだよ?」

「そっか」

誠君の瞳が輝いた。

「誰の絵かなんてどうでもいいんだよ。絵を見てキレイだと思えるのが大事なんだから」

「美術部部長がそんなことを言っていいの?」

「いいよ、まずは絵に興味を持つことが大事だから、それから入っていけばいいよ。

よければ今度、美術部に来てみてよ」

「う、うん」

実際、絵を見るのは好きだった。でも、詳しくはなくて、ただ見て、キレイだったなーとか、不思議な絵だなーとか、それくらいしか思えない。

そんなのでいいのかな?

それでいいなら美術部もいいかな?

「じゃあ俺、こっちだから」

そう言って誠君が駅のプラットホームの反対側を指さした。

「あ、うん。じゃあ私あっちだから。バイバイ」

お互いが反対方向に向かって歩き出す。

そのときだった。

「待ってるから!俺、美術室で待ってるから!!ぜったい来てな!」

手をぶんぶんと振りながら誠君が叫ぶ。

正直、他のお客さんもいるから恥ずかしかったけど、私も小さく手を振った。

やがて、列車が来て、お互いの姿が見えなくなった。

それまで誠君は手を振り続けていた。

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