God bless you!~第15話「farewell~卒業」

3 彼女は、何が何でも食う。
よく食べるくせに成長しない。
弁当もお菓子もあればあるだけ、食う。人に貰い歩いてまでも、食う。
好きな食べ物は……聞いたことが無い。何でも食うから、特に聞かなくてもいいと、ここまで来てしまった。だから、嫌いな食べ物は見当たらない。
だが何と言っても、その食べ方が度肝を抜いている。
〝梅干をタラコと混ぜてパンに敷き詰めて食らいつく〟
〝味噌汁にごはんを沈めて上からコーンフレークをバラ撒く〟
〝天婦羅の衣だけ、溶き卵、醤油とソースで、にわか天丼〟
どれをとっても、常識とは思えない。
原型をとどめないビスケットやスコーンは当たり前。
製作者の意図を愚弄するかのようなアレンジ&作り変えの数々だ。
当然周りは、引く。
俺も冷静に、引く。 

4 腕に自信がある、という根拠の無い自信。
彼女は、人の弱点をつく精神攻撃を得意とする。
どこで聞きつけて来たのか、そいつ1番の精神的弱点を的確にズブズブと刺した。
腕力はあまり無いと思う。しかし、体の弱点をも体得しているのか、相手に一撃で最大のダメージを与えるという攻撃タイプを持っていた。
今まで、その1撃が外れた事がない。だから何とか男子にも勝って来ている。先手必勝がこのバトルの命運を握ると言って過言ではない。
俺も脛に1撃くらった。
1番痛い所だ。これも正確だった。
指先を噛まれた事もある。今も傷痕は残る。
彼氏を何だと思っているのか。それならこっちも人間扱いしなくていいのか。
そこまで追い詰められる程、どれをとっても、まともとは思えない。
だがどうしたって男のほうが力はある。おそらくまともにやったら絶対男の方が強い。
本気を出したら第2打以降で勝負は決まるだろう。
運だけはいい。しかし、それでどこまで行けるかは、疑問だ。
自分の腕前を過信して、無茶な事をやるかもしれないから、それが心配でもある。
彼氏の優しさを知れ、と思う。
優しさこそ、強さだ。

5 好きな男性のタイプ。
かまってくれ、とかいうグループが好きだと、彼女は言う。
しかし、それはあくまでも歌の話らしく、男性の好みという点ではジャニーズ系が近いらしい。
桜井、松潤……それぐらいしか俺は知らない。
ただ彼女の場合、具体的な芸能人そのものと言うのも、何か違うようだ。
過去の経歴から推察すれば〝大人らしい男子〟が好きだと思う。
とにかく年上。落ち着きと余裕。そんな雰囲気を併せ持つ男。
本人に聞けば、それはあながち嘘でもないが、それだけじゃないと言う。
「ちゃんと好きになったら、それが、それだよ」
俺の事?
一瞬、気を良くした所で、「あんたはどうかなぁ」と疑いの眼差しを向けられた。
「今のところは、将来有望だね」と来て、今現在付き合っている彼氏に対して、それはどうなのか。
「やっぱ男は優しくないとね」と、来た時は、あれだけ世話して優しくしてやって、これ以上さらに面倒を要求されるのかと、そこは呆れて聞いた。

「優しいってのは、難しいよね」
不意に、彼女はいつになく、真面目な顔になる。
彼女の言う〝優しさ〟とはどういう事なのか。
これからじっくり探ってみたい気もする。

6 バトルの末に……。
〝自動的〟
自分は、この言葉に助けられもしたが、同時に怯えている。
以下、まずは彼女から、こっちに向けられた仕打ちを並べよう。

頭突きを受けた。足を蹴られた。携帯が壊れた。何のお詫びも無い。
選挙で、頭を下げて必死で頼んだ事は聞き入れてもらえなかった。
逆に、弱みにつけこんで利用された。
パソコンを盗まれた。今もまだ返ってこない。
強引に女子と付き合うよう仕向けられた。
見た目・精神年齢、共に45歳と笑われる。
思い切って好きだと告白したら、訳分からない理由で振られた。
振られたのに、彼女の親父からは怪しいと疑われて家まで押しかけられた。そして彼女の兄貴には、散々、弄ばれた。
やっと彼氏と認められたと思った矢先、その彼氏を堂々と他の女子に売った。
こちらからのメールに、彼女はまともに返信してこない。
脛を蹴られた。指を噛まれた。
害獣でも狂犬でもない、どちらも人間の話である。
そして今現在、俺はまだ1度も、彼女から好きだと言われた事がない……。

正直、自信を失いかけた。
そんな扱いを受けてまで、どうして俺は付き合っていられるのだろう。
それは意識下で働いている、意思とは無関係の〝自動的〟所以であった。
その象徴として、今回のクリスマスが挙げられる。
例年に無く奮発した彼氏をほったらかしにして、彼女は何処かへ行ってしまった。
せっかくの料理も、わざわざ探してもらった綺麗な部屋もムダになった。
ディナー・チケット払い戻しを扱う頃には、従業員は明らかに笑っている。
……当然だ。
クリスマスに彼女の為に予約した部屋。ところが彼女が来ない。おそらく本命の男と今頃は楽しい夜を過ごしているだろう、可哀相なカン違い男。
ふふふ……そう聞こえた気がした。
自宅についた嘘もあり、今夜の居場所を考えるとここに寝泊まりするしかない。準スイートの優美な美しさを眺めながら、俺の怒りは最高潮だった。
真面目にキレた。
最高にキツい罵倒メールを彼女に送り続けた。
返事を待つ心の余裕すら無い。
しかし時間が経つに連れ、自動的に彼女の事が心配になってくる。
気がつけば最後には、全てを許すかのようなメールを送って……真夜中になって、やっと来た彼女の話を冷静に聞いてやり、同情もしてやり、さぁ!という段階になって彼女は寝てしまった。
何とか眠気を我慢しようという努力が、彼女には微塵も感じられなかった。
その証拠に、ダブルベッドのど真ん中、堂々と横たわっている。
もう怒りは溢れて止まらない。
出て行ってやる!
出て行ってやろうか!
鼾がデカいぞ。疲れてる?それを言うなら俺だって!
しかし、最近は特に試験の追い込み。確かに彼女は毎日疲れていたに違いない。これまでの展開についても、同情する気持ちもあった。
そう思えば、ゆっくり休ませてやりたいとも考えて……。
しばらくの間、俺は独り、お腹を減らして虚ろになる。
コンビニに行こうかと考えた所で、そういえばケーキ、あれどこだ?悪いとは思ったけど、俺は彼女のリュックを開いた。
思った通りというか、ケーキの箱が姿を現す。
どうして冷蔵庫に入れないのか。まぁ、ゆうべはそれ所じゃなかったか。
その箱を開いた時、俺は怒りを通り越して、ただただ、泣きたくなった。
箱の中は、もぬけの殻。
わずかに残るクリームらしき残骸を、俺は指ですくって味わう羽目になる。
哀れと惨めが過ぎて、コンビニに向かう気力も、彼女を叩き起こす強気も湧かない。
……恐怖の〝自動的〟連鎖を見た。
全ての事実が彼女の味方をしている。
闘う意思を削がれて、まるで自分すらも自分を見放しているような。
思えば、どんなにモガいても最後には〝自動的〟に彼女の都合のいいように落ち着いてしまう。
修学旅行も選挙も文化祭も、そして今、俺と付き合っている事すらも。

俺は現在も〝自動的〟レールの真っ只中にいる。
何故、彼女と続いていられるのか。
〝沢村は嫌と言えないからだ〟
〝弱みを握られているからだ〟
周囲は言いたい放題だ。
自分は今まで、散々弱みをさらけ出してきた。
彼女に対して好きだと告白し、人前でモノを投げてまで怒りと嫉妬を露にし、男のプライドは何度も握り潰した。心の中で、何て奴だ!もう嫌だ!と叫びながら、それでも彼女の事を考える。
〝自動的〟に。
可愛くもなく、まともでもない彼女を。

結論、彼女は普通じゃない。
その彼女と現在も付き合っていて、別れる意志のない俺も……たぶん普通では、ない。


追伸。
最近またしても、彼女から、普通でも、まともでもない発言を聞いた。
こっちが何の構えもない無防備な時を狙って、彼女は刺し込んでくる。
今回の発言は、彼女の奇行史上、稀にみる極上品だった。
その発言に驚きながらも、ちょっと楽しんでる(?)自分がいる。
普通ではない自分を、ここでも思い知ることとなった。


以上、終わり。
屈辱の現場より、沢村がお送りしました。


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