God bless you!~第15話「farewell~卒業」
それが、俺達の卒業
2月下旬。
右川はまだ大学が決まらなかった。
「早く決まったら春休みはバイトする!」
と、燃えていたが、それどころじゃない。
そのまま、3月後半の2次募集試験に突入する事になり、塾のハルミ先生(山下さんの奥さん)から自動的に送られてきた願書を相手に戦っている。
携帯で電話した。久しぶりに声を聞いたと思ったら、
『絶対ハルミの鼻を明かしてやるっ!』
元気そうで安心した。
が、それは思いがけずレベルの高い大学に受かった時にこそ、言える言葉だろう。(本人の精神状態を考慮して、今は言わないでおく。)
右川を始めとするまだ決まらない組と違って、ある程度決まった組は、ほぼ毎日のように登校した。俺は、修道院を始めとする滑り止めに全部合格し、後は2つの国立の結果を待つのみ。
ここまで来ると開き直りにも似た、気持ちの余裕が出て来る。
周りでは早くも卒業後の春休みの話題で盛り上がっていた。
「ディズニーランド行こ!」
「せっかくだからさ、もっと遠いとこにしない?」
「え、海外?」
「つーか、あたしバイトだよ。車買わなきゃでさ」
「教習所、どこにした?」
「あそこ。秋山んとこの姉ちゃんが行ったとこ」
「あたしも、そこにしようかなぁ」
「車あんの?」
「お母さんのだけどね」
卒業旅行、バイト、そして教習所。就職した奴らの中では、「会社から、車の免許が絶対とか言われてさ。慌てて申し込んだよ」と、そんな話も聞いた。
2次試験に忙しい右川とは、楽しめないであろう春休み。
それなら俺も免許を取ろうかな、と考え始める。
まだ行けるかどうか分からないが、港北大は駐車場も広く、多くの学生が利用していると聞くし。
そんな事を真剣に考え始めたのには訳があった。
俺が滑り止めに受かったのを見届けるや否や、家族間で受験の話題は消えた。
それが車会議に取って変わっている。
そろそろ車検を迎える1台の古い車を前に、だったら新しいのを買おうという提案が持ち上がっていた。
提案したのは、まだ乗れもしない16歳の弟、恭士である。
「絶っ対ぇ、エクストレイルだ!乗りてぇ!」
それも悪くないな、と俺も思った所に親父が、「こんなの父さん、恥ずかしくて乗れないよ」と来た。
確かにそんな若いやつら向けSUV、正直親父はキツイだろう。
今まで乗っていたのは父親なんだから、当然、決定権がある。
「ゴルフに行くときにちょっと見栄えのするやつがいいなぁ」と、あまり深く考えもせず、GT-Rを指差した。
「ちょっと背伸びしてこれかな」と、フェアレディも入れる。
「新車だと400万ぐらいするよ」と言ってやると、親父ではなく母親が即座に却下した。そんな金があったら新築一戸建頭金、と脅迫する目で。
「100万を超えるのは、無しで」
「てことは、中古か。そうだよな」と、親父は天を仰いだ。
分かってはいたが少し残念。GT-R級の新車に乗れるなら、俺だって嬉しい。
(というか、ちょっと緊張するかも。)
「じゃあ無難にこれかな」と、中古のマークⅡを指差した親父に向かって、
「うわ!信じらんねっ!ダセぇ!女が逃げる。オレは嫌だ!」と、恭士が吐き捨てる。
「乗るのは女じゃなくて父さんだ。ゴルフには必ず乗るぞ」
「そんなの日曜だけじゃん。それも月に1回あるんだか無ぇーんだか」
「父さんは、毎週行ってるが」
「それは近所の練習場だろォ。原チャ転がせよ」
「バイクで練習場に行く奴なんて、そんなの見た事ないぞ」
……まともに答える必要なんか無いのに。
親父は、恭士の言う事を真正面から取り過ぎるきらいがある。
「オレは嫌だかんな。こんなので女とドライブなんか行けねーワ」
「恭士が運転するのは3年後じゃないか。今のおまえに権利は無い」
どこまでもゴルフに固執する親父と、乗れもしないくせに女の趣味に翻弄される弟の間に挟まれて、会議は難航していた。
母親は「母さんは乗せてもらう方だから何でもいいけど」と前置きし、「ここは、お兄ちゃんに決めてもらいましょうよ」と、俺に決定権を丸投げ。
港北大の合格発表を前に、「国立の合格祝いになるといいわねぇ」と夢見る母親に向かって、「私立に行くことを思えば金が浮くわけだから、ちょっとぐらい高くても良いのを買ってやっていいんじゃないか?」とチャンスとばかり、親父は欲望と打算を剥き出しにした。
結果が分からないうちから、まだ行けると決まったわけではない。
どっちにしてもGT-R級は無理だ。
それでも、もし港北大に受かっていたらと、
「週5日。パートの日は途中まで乗せてってもらえる、とか」
まだまだ母親の夢は続く。
「結局ほとんど兄貴が乗るんだから、つまりは女とデートに使うんだろ?その女に決めてもらえよ。女が喜ぶ車だったらオレも文句ない」と、恭士の目線はどこまでも女中心だった。
「今のお兄ちゃんにそんな人はいないわよ。ねぇ?」と母親がこっちを窺う。
「さぁ」
今は……曖昧にしておいた。
あれ以来、親には何も言ってない。
俺が振られたまま終わったと、母親は思っているだろう。
お歳暮も丁重にお礼状を出して、それでケジメが着いたと考えている。
親父がそれをどこまで聞いているかは知らないが、「大学行きだせば自然にそういう人もできるだろうなぁ」と余裕の構えだった。
「そうだなぁ。洋士の同級生あたりに聞いてみるのもいいな。あんまり突飛な車だけはやめてくれよ」と全身全霊で信頼を寄せる。
「ゼッタイ女がきゃーきゃー言わないと意味がないんだって!」
恭士はどこまでも、それだった。
そこから、こっそりスリ寄ったと思ったら、「オレ様の言うとおりにしないと、女の事、おかんにチクるぜ」と脅迫してきた。
頭をド突いてやった。
おまえこそ。
お互い様だろ。同じ部屋にいる俺が何も知らないとでも思っているのか。
右川の事を、親にどこまで話しておこうか……時々考えることはある。
(結婚……ふざけんな。そこまで落ちぶれてはいない。)
そもそも右川の家で、俺の事はどうなっているのだろう。
お歳暮の件以来、右川との間で、その話は話題にも上らなかった。
右川の受験が終わって落ち着いたら、1度聞いてみようかと思う。
ウチ的に、どこまで、どの程度を話すか、それはまったく謎だった。
話によっては、右川と口裏を合わせる必要も出てくるかもしれない。
恭士でさえ分かったような事を言ってくるというのに、ほんとうにウチの母親は知らないのか。それは少し疑問に残った。
母親に車の具体的予算を聞き、さっそく教習所に申し込み、後は港北大の結果を待つのみとなる。
車のパンフレットをぼんやり眺めていると、そこにノリがやってきた。
「ノリって、いつ引っ越すの」
ノリは第一志望、関西方面の大学に合格した。
自動的に彼女とも遠距離になる。
「もう荷物はまとめてあって。移動すんのは、卒業式終わってからすぐだ」と来て、「あのさ、悪いんだけど」と来て、「その日、洋士と一緒に居る事にしてくんないかな」と来た。
もちろん。どうにでも。
「離れたってさ、今とそう変わんないと思うんだけど」
「そうだよな」
「洋士もだろ?右川さんと」
「かもな」
女の事ばっかじゃねーか。肝心の友達の事はどうなんだよ……。
俺自身、自分を取り戻そうとバランスを取る事に必死になる。
彼女の事でも何でも、こうして気休め祭りをやっていなければ、俺らの間に、おかしな磁場が生まれてしまうような。
小さい頃から続いた腐れ縁の中でも、ノリとは1番深い間柄だ。
学校も部活も、いつも一緒で。
ここで……とうとう離れてしまう。
彼女との遠距離は、まるで俺達と同じ境遇を匂わせた。
ノリの声を聞いているだけで、喉の奥底から熱いものが込み上げる。
そこからノリは、すぐに車のパンフレットに目を付けて、「うわ、GT-R」と食い付いた。「いや、無理無理」と被りを振る俺に向けて、「いっその事、軽トラックにしたら?」と口先で笑う。
「止めろ。そういうイジリは」
右川で腹一杯だ。
そこから、パンフレットをめくりながら、女子にモテるのは軽トラックか?原チャリか?というくだらない雑談に盛り上がる。
お互い肝心な話題を後回しにして、しばらくは車談議に沸く。
不意に、
「右川さんて、もうどこか決まったの」
「まだ、と思う」
「いつ決まるの?」と、そこへ桂木が飛び込んできた。
「そのへんも、まだ未定」と告げる。
「あたしも引っ越し先、決まってさ。おかげさまでオートロック・ワンルーム・ロフト付き」
ノリが激しく羨ましがった。
桂木は淀んだ話題を景気良くフッ飛ばしてくれたかと思いきや、
「そういや右川、独り暮らしがしたいって、散々言ってたよね」と逆戻り。
お先にーって、フザけていいのかな……と、桂木はそこら辺を曖昧に濁して。
「桂木って、関西どこらへんだっけ」
ノリと大学が近いかもしれないと思って訊いてみれば、
「関西といっても、ノリくんって大阪でしょ?あたしは京都ですから」と来て、「なんか早くも上から目線。はいはい」と、ノリは下目線に甘んじる。
桂木とは……色々あった。
てゆうか、色々巻き込んでしまった。
今更もう何でも無いと言ったら多分、嘘になる。
不自然に目が合う、不自然に目を逸らす、生徒会室でうっかり2人きりになり、これまた不自然に黙り込む、そんな事は何度もあった。
今みたいに、俺が誰かと話している様子を窺って、桂木は会話に入ってくる。こういう辺りが、彼女の気遣いを思わせた。
生徒会では忙しく立ち回るフリで、ぎこちない空気をお互いが撥ねつけ合い、今日まで何とかやってきたのだ。少なくとも、俺はそうだった。
何の不自然も存在しない環境で、桂木が伸び伸びと頑張っていけるなら……卒業も悪くない。
「あれ?何か言おうと思ったんだけど」
桂木は何か言いだそうとしていたらしい。
「あ、そうだ。生徒会のお別れ会。卒業式の後で集まろうって事になったみたいだよ」
そんな土壇場で……と思ったが、桂木が言うには、右川が登校できる日を選んでいたら、いつの間にかそうなってしまったと……浅枝が伝えてきたらしい。
了解。
そこから寄せ書きが、何枚も回って来た。
スマホが一斉に向けられて、あちこちで写真を撮り始める。
今までを思って、嬉しかったり、寂しかったり。
これからを考えて、やっぱり嬉しかったり、やっぱり寂しかったり。
複雑な感情が混ざり合う。
それが、俺達の卒業だった。
右川はまだ大学が決まらなかった。
「早く決まったら春休みはバイトする!」
と、燃えていたが、それどころじゃない。
そのまま、3月後半の2次募集試験に突入する事になり、塾のハルミ先生(山下さんの奥さん)から自動的に送られてきた願書を相手に戦っている。
携帯で電話した。久しぶりに声を聞いたと思ったら、
『絶対ハルミの鼻を明かしてやるっ!』
元気そうで安心した。
が、それは思いがけずレベルの高い大学に受かった時にこそ、言える言葉だろう。(本人の精神状態を考慮して、今は言わないでおく。)
右川を始めとするまだ決まらない組と違って、ある程度決まった組は、ほぼ毎日のように登校した。俺は、修道院を始めとする滑り止めに全部合格し、後は2つの国立の結果を待つのみ。
ここまで来ると開き直りにも似た、気持ちの余裕が出て来る。
周りでは早くも卒業後の春休みの話題で盛り上がっていた。
「ディズニーランド行こ!」
「せっかくだからさ、もっと遠いとこにしない?」
「え、海外?」
「つーか、あたしバイトだよ。車買わなきゃでさ」
「教習所、どこにした?」
「あそこ。秋山んとこの姉ちゃんが行ったとこ」
「あたしも、そこにしようかなぁ」
「車あんの?」
「お母さんのだけどね」
卒業旅行、バイト、そして教習所。就職した奴らの中では、「会社から、車の免許が絶対とか言われてさ。慌てて申し込んだよ」と、そんな話も聞いた。
2次試験に忙しい右川とは、楽しめないであろう春休み。
それなら俺も免許を取ろうかな、と考え始める。
まだ行けるかどうか分からないが、港北大は駐車場も広く、多くの学生が利用していると聞くし。
そんな事を真剣に考え始めたのには訳があった。
俺が滑り止めに受かったのを見届けるや否や、家族間で受験の話題は消えた。
それが車会議に取って変わっている。
そろそろ車検を迎える1台の古い車を前に、だったら新しいのを買おうという提案が持ち上がっていた。
提案したのは、まだ乗れもしない16歳の弟、恭士である。
「絶っ対ぇ、エクストレイルだ!乗りてぇ!」
それも悪くないな、と俺も思った所に親父が、「こんなの父さん、恥ずかしくて乗れないよ」と来た。
確かにそんな若いやつら向けSUV、正直親父はキツイだろう。
今まで乗っていたのは父親なんだから、当然、決定権がある。
「ゴルフに行くときにちょっと見栄えのするやつがいいなぁ」と、あまり深く考えもせず、GT-Rを指差した。
「ちょっと背伸びしてこれかな」と、フェアレディも入れる。
「新車だと400万ぐらいするよ」と言ってやると、親父ではなく母親が即座に却下した。そんな金があったら新築一戸建頭金、と脅迫する目で。
「100万を超えるのは、無しで」
「てことは、中古か。そうだよな」と、親父は天を仰いだ。
分かってはいたが少し残念。GT-R級の新車に乗れるなら、俺だって嬉しい。
(というか、ちょっと緊張するかも。)
「じゃあ無難にこれかな」と、中古のマークⅡを指差した親父に向かって、
「うわ!信じらんねっ!ダセぇ!女が逃げる。オレは嫌だ!」と、恭士が吐き捨てる。
「乗るのは女じゃなくて父さんだ。ゴルフには必ず乗るぞ」
「そんなの日曜だけじゃん。それも月に1回あるんだか無ぇーんだか」
「父さんは、毎週行ってるが」
「それは近所の練習場だろォ。原チャ転がせよ」
「バイクで練習場に行く奴なんて、そんなの見た事ないぞ」
……まともに答える必要なんか無いのに。
親父は、恭士の言う事を真正面から取り過ぎるきらいがある。
「オレは嫌だかんな。こんなので女とドライブなんか行けねーワ」
「恭士が運転するのは3年後じゃないか。今のおまえに権利は無い」
どこまでもゴルフに固執する親父と、乗れもしないくせに女の趣味に翻弄される弟の間に挟まれて、会議は難航していた。
母親は「母さんは乗せてもらう方だから何でもいいけど」と前置きし、「ここは、お兄ちゃんに決めてもらいましょうよ」と、俺に決定権を丸投げ。
港北大の合格発表を前に、「国立の合格祝いになるといいわねぇ」と夢見る母親に向かって、「私立に行くことを思えば金が浮くわけだから、ちょっとぐらい高くても良いのを買ってやっていいんじゃないか?」とチャンスとばかり、親父は欲望と打算を剥き出しにした。
結果が分からないうちから、まだ行けると決まったわけではない。
どっちにしてもGT-R級は無理だ。
それでも、もし港北大に受かっていたらと、
「週5日。パートの日は途中まで乗せてってもらえる、とか」
まだまだ母親の夢は続く。
「結局ほとんど兄貴が乗るんだから、つまりは女とデートに使うんだろ?その女に決めてもらえよ。女が喜ぶ車だったらオレも文句ない」と、恭士の目線はどこまでも女中心だった。
「今のお兄ちゃんにそんな人はいないわよ。ねぇ?」と母親がこっちを窺う。
「さぁ」
今は……曖昧にしておいた。
あれ以来、親には何も言ってない。
俺が振られたまま終わったと、母親は思っているだろう。
お歳暮も丁重にお礼状を出して、それでケジメが着いたと考えている。
親父がそれをどこまで聞いているかは知らないが、「大学行きだせば自然にそういう人もできるだろうなぁ」と余裕の構えだった。
「そうだなぁ。洋士の同級生あたりに聞いてみるのもいいな。あんまり突飛な車だけはやめてくれよ」と全身全霊で信頼を寄せる。
「ゼッタイ女がきゃーきゃー言わないと意味がないんだって!」
恭士はどこまでも、それだった。
そこから、こっそりスリ寄ったと思ったら、「オレ様の言うとおりにしないと、女の事、おかんにチクるぜ」と脅迫してきた。
頭をド突いてやった。
おまえこそ。
お互い様だろ。同じ部屋にいる俺が何も知らないとでも思っているのか。
右川の事を、親にどこまで話しておこうか……時々考えることはある。
(結婚……ふざけんな。そこまで落ちぶれてはいない。)
そもそも右川の家で、俺の事はどうなっているのだろう。
お歳暮の件以来、右川との間で、その話は話題にも上らなかった。
右川の受験が終わって落ち着いたら、1度聞いてみようかと思う。
ウチ的に、どこまで、どの程度を話すか、それはまったく謎だった。
話によっては、右川と口裏を合わせる必要も出てくるかもしれない。
恭士でさえ分かったような事を言ってくるというのに、ほんとうにウチの母親は知らないのか。それは少し疑問に残った。
母親に車の具体的予算を聞き、さっそく教習所に申し込み、後は港北大の結果を待つのみとなる。
車のパンフレットをぼんやり眺めていると、そこにノリがやってきた。
「ノリって、いつ引っ越すの」
ノリは第一志望、関西方面の大学に合格した。
自動的に彼女とも遠距離になる。
「もう荷物はまとめてあって。移動すんのは、卒業式終わってからすぐだ」と来て、「あのさ、悪いんだけど」と来て、「その日、洋士と一緒に居る事にしてくんないかな」と来た。
もちろん。どうにでも。
「離れたってさ、今とそう変わんないと思うんだけど」
「そうだよな」
「洋士もだろ?右川さんと」
「かもな」
女の事ばっかじゃねーか。肝心の友達の事はどうなんだよ……。
俺自身、自分を取り戻そうとバランスを取る事に必死になる。
彼女の事でも何でも、こうして気休め祭りをやっていなければ、俺らの間に、おかしな磁場が生まれてしまうような。
小さい頃から続いた腐れ縁の中でも、ノリとは1番深い間柄だ。
学校も部活も、いつも一緒で。
ここで……とうとう離れてしまう。
彼女との遠距離は、まるで俺達と同じ境遇を匂わせた。
ノリの声を聞いているだけで、喉の奥底から熱いものが込み上げる。
そこからノリは、すぐに車のパンフレットに目を付けて、「うわ、GT-R」と食い付いた。「いや、無理無理」と被りを振る俺に向けて、「いっその事、軽トラックにしたら?」と口先で笑う。
「止めろ。そういうイジリは」
右川で腹一杯だ。
そこから、パンフレットをめくりながら、女子にモテるのは軽トラックか?原チャリか?というくだらない雑談に盛り上がる。
お互い肝心な話題を後回しにして、しばらくは車談議に沸く。
不意に、
「右川さんて、もうどこか決まったの」
「まだ、と思う」
「いつ決まるの?」と、そこへ桂木が飛び込んできた。
「そのへんも、まだ未定」と告げる。
「あたしも引っ越し先、決まってさ。おかげさまでオートロック・ワンルーム・ロフト付き」
ノリが激しく羨ましがった。
桂木は淀んだ話題を景気良くフッ飛ばしてくれたかと思いきや、
「そういや右川、独り暮らしがしたいって、散々言ってたよね」と逆戻り。
お先にーって、フザけていいのかな……と、桂木はそこら辺を曖昧に濁して。
「桂木って、関西どこらへんだっけ」
ノリと大学が近いかもしれないと思って訊いてみれば、
「関西といっても、ノリくんって大阪でしょ?あたしは京都ですから」と来て、「なんか早くも上から目線。はいはい」と、ノリは下目線に甘んじる。
桂木とは……色々あった。
てゆうか、色々巻き込んでしまった。
今更もう何でも無いと言ったら多分、嘘になる。
不自然に目が合う、不自然に目を逸らす、生徒会室でうっかり2人きりになり、これまた不自然に黙り込む、そんな事は何度もあった。
今みたいに、俺が誰かと話している様子を窺って、桂木は会話に入ってくる。こういう辺りが、彼女の気遣いを思わせた。
生徒会では忙しく立ち回るフリで、ぎこちない空気をお互いが撥ねつけ合い、今日まで何とかやってきたのだ。少なくとも、俺はそうだった。
何の不自然も存在しない環境で、桂木が伸び伸びと頑張っていけるなら……卒業も悪くない。
「あれ?何か言おうと思ったんだけど」
桂木は何か言いだそうとしていたらしい。
「あ、そうだ。生徒会のお別れ会。卒業式の後で集まろうって事になったみたいだよ」
そんな土壇場で……と思ったが、桂木が言うには、右川が登校できる日を選んでいたら、いつの間にかそうなってしまったと……浅枝が伝えてきたらしい。
了解。
そこから寄せ書きが、何枚も回って来た。
スマホが一斉に向けられて、あちこちで写真を撮り始める。
今までを思って、嬉しかったり、寂しかったり。
これからを考えて、やっぱり嬉しかったり、やっぱり寂しかったり。
複雑な感情が混ざり合う。
それが、俺達の卒業だった。