God bless you!~第15話「farewell~卒業」
3月上旬。
ようやくというか、やっと右川の顔を見る事ができた。
昼前になって、本当にやっとという感じで教室に、ぬらりと入ってくる。
その、もじゃもじゃ頭は殆ど寝グセと区別がつかない。
制服のリボンも捻じれて、何だか全体的にヤサグレて見える。
何となくだけど、痩せたような気もした。
目が合って、合図のつもりなのか、右川は小首を傾げて見せた。
こっちも頷く。意味も無く。
久しぶりゆっくり話したいと思って、休憩時間にスリ寄ってみれば、
「今日はこの後すぐ塾に戻って、ハルミに会うんだよね」
のぞみちゃんに内申書をもらいに来ただけ。
席を立った途端、右川と俺の2人が、職員室に呼ばれた。
「何?」「俺も聞いてない」
「のぞみちゃんに書類貰うから、ちょうどいいや」と、それきり会話も滞る。
何を話す訳でもなく、2人並んで廊下を行った。
ふと、右川がその体を、こちらに預けてくる。
甘いムードとは程遠い。どことなく、ぐったり。
そこで、前を1人で行く海川を見かけて、俺は手を上げて合図を送った。
週間女性自身・海川記者は「スクープ、いただきます」と透明カメラを四角に構えて見せる。
今さら、こんな俺らの場面のどこに話題性や新鮮味があるのか分からないが、とりあえずピース・サインを決めると、右川も「にょっ」と指を立てた。
唐突に、
「沢村くん、港北大おめでとう」
そう。
ついこないだ、発表だった。
さすが、週刊女性自身。
てゆうか、朝からかなりの仲間に持て囃されているから、周知の事実だろうけど。
阿木も重森も合格だった。阿木は他も受けてはいたが、元から港北大が第1志望だったので迷わず決めると言う。
重森は、もう1つ別の国立の発表を待っていた。最終的に行きたいのは、どうもそっちらしい。そっちに合格してくれる事を心から祈るばかりだ。
あれから……重森の邪な挑発はナリを潜めた。というか、右川が学校に来ないため、実行できないでいるだけかもしれない。どちらにしても、これで永きに渡り続いた、右川とのバトルも終りを迎えるだろう。
海川と、しばらくお互いの決まった大学の話をした。
すぐ横の右川がずっと気になる。
合格は、右川にも当然すぐにメールで伝えてあった。
当然、返事は無かった。
今も敢えて言葉に出して何も言わないまま……右川は海川をちょっと見て、すぐ前を行き、普段なら気にも留めないであろう壁のポスターをジッと見ている……振りをした。
その気持ちはわかる。
他人の合格報告。自分の状況を考えると、そんなの聞きたくもないだろう。何とかしてやりたいと思うが、こればっかりは自分で抱えるしかない。
海川が居なくなった途端、やっと搾り出すように、
「先生、よかったね。おめー……で、とう…ぅー」
弱り切った笑顔だ。
「おまえの事が気になって喜んでられないよ」
屈辱だが、今日ぐらい弱みを見せてやってもいいだろう。
今の右川には、頑張れよ、と言われる事すらも屈辱かもしれない。
決まった人間は多かれ少なかれ開放的になり、まだ決まらないヤツにとってはウザいだけの存在だ。俺が経験的に知っている。
職員室に入れば、まず原田先生に声を掛けられた。
「おまえ、よくやったな!」と肩を叩かれる。
港北大は国立を志望する40人超が全員受けて、そのうちの8人しか合格しなかったと聞いた。
嬉しさを隠せないが、やっぱりここでも右川が気になる。
吉森先生は、「どうなってる?」と訊ねながら、右川に書類を渡した。
「まだ、でーすぅー……」
「専門学校なら4月に入ってからでも間に合うからね。休みの日でもいいから相談して」
何やらメモを渡されている。
「来年になってまで彼氏を手こずらせるなよ」と、アキラに笑われて……右川は、ムッとした顔を見せてはいたが、先生相手に毒づく事はなく、吉森先生に向き直った。
右川といえども、ここまで来ると、かなり焦りもあるだろう。
その顔は以外にも真剣で、かなりナーバスになっている。
吉森先生はそれを察してか、「あ、呼び出したのはね」と、すぐに話題を変えた。
「卒業式の代表挨拶。別に決まってる訳じゃないんだけど、一応去年も会長あたりがね」
それで右川が呼び出されたようだ。
何故、俺が?とばかりに、議長も一緒に声を掛けられている。
その理由はすぐに分かった。
吉森先生は、明らかに悩んでいた。
進路がまだ決まらない生徒に負担はかけたくない、という心配じゃない。
それとは別の、性質上の悩みだ。その証拠に顔は半分笑っている。
右川もその期待を裏切らなかった。
「てことは、あたしか。何を歌おうかな。るーるるぅー♪」
「俺がやります」
「うん。そうして」
秒殺。
即決だった。
卒業生の恥を晒すくらいなら、自分がやるほうがマシだ。吉森先生も、「あーよかった」を安堵を隠しもせず、さっさと原稿を渡して来る。
「おまえはそれどころじゃないだろう」と右川は、周りにいた先生全員に笑われながら突っ込まれた。グッとこらえているのか、やっぱり黙っている。
いつでも何処でも右川は、先生から心配され、声を掛けられ、結局は可愛がられてきた。だが、その逆として、放っといて欲しい時でも周りからの声は、じゃんじゃん掛かる。
叱られて突き放されるほうがマシだと思う事もあっただろうな。
職員室を出て、また廊下を行く。
クラスに戻ると、もぬけの殻だった。
最近、昼時にもなると、周囲は校内の至る所に散って昼食をとる傾向にある。校舎に別れを惜しむ意味もあるのかもしれない。
「俺らもどっか、外に行こうか」
「あー……今日はこのまま塾で」
あ、そうか。そうだった。
「あ、そうか。そうだった」と、そのまんま呟いたら、
「ごめ、ん、ね。何か。色々。挨拶とかも」
初めて見る、その表情。
今まで散々ヤラかした時も、ここまで深刻に謝った事など無かったような。
それほど、追い詰められているのかもしれない。
もじゃもじゃ頭の寝グセを直す振りで、涙を堪えているようにも見えるから……俺はその背中を2回、叩いた。
「いいよ。俺、入学式も挨拶やったから慣れてるし」
「らしいね。あたし入学式、寝坊してさ、間に合わなかったんだよね」
何とか急いで間に合わせようとも思わなかったらしい。
「そのまま、のんびり帰った」と語る。
ストレートやっぱり挨拶は俺がやる。それが間違いない。
右川は荷物を整えながら、俺はアクエリアスを煽りながら、そこから卒業式の色々、その後の生徒会お別れ会の色々、そんな何でもない話をした。
何となく、いつもの調子が戻って来ない。
せっかく久しぶりに2人きりだというのに、スリ寄る事も出来ずにいる。
別れ際、
「分かってると思うけど、報告は義務だぞ」と、それだけは強く言った。
右川は、「るっさいな。わかってるよ、もう!」と、今日1日誰にも見せなかった苛立ちを初めて見せる。落ち込むよりは、全然いい。
結果がどうでも、これからも2人が同じように続く事には変わりないんだから。
そのまま、卒業式まで右川とは会えなかった。俺もちょっと忙しかった。
その間、右川からは何の報告も……無かった。
ようやくというか、やっと右川の顔を見る事ができた。
昼前になって、本当にやっとという感じで教室に、ぬらりと入ってくる。
その、もじゃもじゃ頭は殆ど寝グセと区別がつかない。
制服のリボンも捻じれて、何だか全体的にヤサグレて見える。
何となくだけど、痩せたような気もした。
目が合って、合図のつもりなのか、右川は小首を傾げて見せた。
こっちも頷く。意味も無く。
久しぶりゆっくり話したいと思って、休憩時間にスリ寄ってみれば、
「今日はこの後すぐ塾に戻って、ハルミに会うんだよね」
のぞみちゃんに内申書をもらいに来ただけ。
席を立った途端、右川と俺の2人が、職員室に呼ばれた。
「何?」「俺も聞いてない」
「のぞみちゃんに書類貰うから、ちょうどいいや」と、それきり会話も滞る。
何を話す訳でもなく、2人並んで廊下を行った。
ふと、右川がその体を、こちらに預けてくる。
甘いムードとは程遠い。どことなく、ぐったり。
そこで、前を1人で行く海川を見かけて、俺は手を上げて合図を送った。
週間女性自身・海川記者は「スクープ、いただきます」と透明カメラを四角に構えて見せる。
今さら、こんな俺らの場面のどこに話題性や新鮮味があるのか分からないが、とりあえずピース・サインを決めると、右川も「にょっ」と指を立てた。
唐突に、
「沢村くん、港北大おめでとう」
そう。
ついこないだ、発表だった。
さすが、週刊女性自身。
てゆうか、朝からかなりの仲間に持て囃されているから、周知の事実だろうけど。
阿木も重森も合格だった。阿木は他も受けてはいたが、元から港北大が第1志望だったので迷わず決めると言う。
重森は、もう1つ別の国立の発表を待っていた。最終的に行きたいのは、どうもそっちらしい。そっちに合格してくれる事を心から祈るばかりだ。
あれから……重森の邪な挑発はナリを潜めた。というか、右川が学校に来ないため、実行できないでいるだけかもしれない。どちらにしても、これで永きに渡り続いた、右川とのバトルも終りを迎えるだろう。
海川と、しばらくお互いの決まった大学の話をした。
すぐ横の右川がずっと気になる。
合格は、右川にも当然すぐにメールで伝えてあった。
当然、返事は無かった。
今も敢えて言葉に出して何も言わないまま……右川は海川をちょっと見て、すぐ前を行き、普段なら気にも留めないであろう壁のポスターをジッと見ている……振りをした。
その気持ちはわかる。
他人の合格報告。自分の状況を考えると、そんなの聞きたくもないだろう。何とかしてやりたいと思うが、こればっかりは自分で抱えるしかない。
海川が居なくなった途端、やっと搾り出すように、
「先生、よかったね。おめー……で、とう…ぅー」
弱り切った笑顔だ。
「おまえの事が気になって喜んでられないよ」
屈辱だが、今日ぐらい弱みを見せてやってもいいだろう。
今の右川には、頑張れよ、と言われる事すらも屈辱かもしれない。
決まった人間は多かれ少なかれ開放的になり、まだ決まらないヤツにとってはウザいだけの存在だ。俺が経験的に知っている。
職員室に入れば、まず原田先生に声を掛けられた。
「おまえ、よくやったな!」と肩を叩かれる。
港北大は国立を志望する40人超が全員受けて、そのうちの8人しか合格しなかったと聞いた。
嬉しさを隠せないが、やっぱりここでも右川が気になる。
吉森先生は、「どうなってる?」と訊ねながら、右川に書類を渡した。
「まだ、でーすぅー……」
「専門学校なら4月に入ってからでも間に合うからね。休みの日でもいいから相談して」
何やらメモを渡されている。
「来年になってまで彼氏を手こずらせるなよ」と、アキラに笑われて……右川は、ムッとした顔を見せてはいたが、先生相手に毒づく事はなく、吉森先生に向き直った。
右川といえども、ここまで来ると、かなり焦りもあるだろう。
その顔は以外にも真剣で、かなりナーバスになっている。
吉森先生はそれを察してか、「あ、呼び出したのはね」と、すぐに話題を変えた。
「卒業式の代表挨拶。別に決まってる訳じゃないんだけど、一応去年も会長あたりがね」
それで右川が呼び出されたようだ。
何故、俺が?とばかりに、議長も一緒に声を掛けられている。
その理由はすぐに分かった。
吉森先生は、明らかに悩んでいた。
進路がまだ決まらない生徒に負担はかけたくない、という心配じゃない。
それとは別の、性質上の悩みだ。その証拠に顔は半分笑っている。
右川もその期待を裏切らなかった。
「てことは、あたしか。何を歌おうかな。るーるるぅー♪」
「俺がやります」
「うん。そうして」
秒殺。
即決だった。
卒業生の恥を晒すくらいなら、自分がやるほうがマシだ。吉森先生も、「あーよかった」を安堵を隠しもせず、さっさと原稿を渡して来る。
「おまえはそれどころじゃないだろう」と右川は、周りにいた先生全員に笑われながら突っ込まれた。グッとこらえているのか、やっぱり黙っている。
いつでも何処でも右川は、先生から心配され、声を掛けられ、結局は可愛がられてきた。だが、その逆として、放っといて欲しい時でも周りからの声は、じゃんじゃん掛かる。
叱られて突き放されるほうがマシだと思う事もあっただろうな。
職員室を出て、また廊下を行く。
クラスに戻ると、もぬけの殻だった。
最近、昼時にもなると、周囲は校内の至る所に散って昼食をとる傾向にある。校舎に別れを惜しむ意味もあるのかもしれない。
「俺らもどっか、外に行こうか」
「あー……今日はこのまま塾で」
あ、そうか。そうだった。
「あ、そうか。そうだった」と、そのまんま呟いたら、
「ごめ、ん、ね。何か。色々。挨拶とかも」
初めて見る、その表情。
今まで散々ヤラかした時も、ここまで深刻に謝った事など無かったような。
それほど、追い詰められているのかもしれない。
もじゃもじゃ頭の寝グセを直す振りで、涙を堪えているようにも見えるから……俺はその背中を2回、叩いた。
「いいよ。俺、入学式も挨拶やったから慣れてるし」
「らしいね。あたし入学式、寝坊してさ、間に合わなかったんだよね」
何とか急いで間に合わせようとも思わなかったらしい。
「そのまま、のんびり帰った」と語る。
ストレートやっぱり挨拶は俺がやる。それが間違いない。
右川は荷物を整えながら、俺はアクエリアスを煽りながら、そこから卒業式の色々、その後の生徒会お別れ会の色々、そんな何でもない話をした。
何となく、いつもの調子が戻って来ない。
せっかく久しぶりに2人きりだというのに、スリ寄る事も出来ずにいる。
別れ際、
「分かってると思うけど、報告は義務だぞ」と、それだけは強く言った。
右川は、「るっさいな。わかってるよ、もう!」と、今日1日誰にも見せなかった苛立ちを初めて見せる。落ち込むよりは、全然いい。
結果がどうでも、これからも2人が同じように続く事には変わりないんだから。
そのまま、卒業式まで右川とは会えなかった。俺もちょっと忙しかった。
その間、右川からは何の報告も……無かった。