God bless you!~第15話「farewell~卒業」
3月15日。卒業式。
代表挨拶。
俺は中学から、これに縁がある。
そこには懐かしさがあった。いつかの壇上だ。
階段を降りる時に会場を見渡すと、女子は半分ぐらいが泣いている。
右川は泣いてなかった。1番前の席。並んでいても相変わらずそこだけ陥没しているから、すぐに分かった。卒業式には間に合ったらしい。
保護者もかなり来ている。ウチは母親が来ているが、息子の卒業を祝う気持ちには程遠い。先生や馴染みの親仲間に息子の国立合格を讃えられて、いい気になっている。(GT-Rにしてやればよかった。)
式が終わり、体育館を出たあたりで右川の母親に呼び止められた。
「アキちゃんから聞いたんですよ。おめでとうね」
夏に1度会ったきりだが、顔を覚えられていて、嬉しいような恥ずかしいような。
「カズミはね、何だか難しいみたいなのよ」
まだ受けられる所はあります……そんなの分かってるだろうなと思って、
「あいつは味方がたくさん居ますから。どうなっても何とか元気で乗り切ると思います」
気が付けば、1番最悪の状況を匂わせた。……冴えない。
母親は、「いつも世話になってばかりで、すみませんねぇ」と笑顔を変えず、「ご両親にご挨拶した方がいいかしらねぇ。今日は来てらっしゃるの?」と迫ってくる。「あそこに居ます」と指した。
「あらぁ、お洋服が素敵だわ」
鮮やかなバーゲンだ。
「ご立派なお母様ねぇ。しゃんとして」と、まだまだ周りに自慢話の尽きない俺の母を眺めている。
「呼んできます」
「あ、いいのよ。お忙しいみたいだから」
右川とは似ても似つかない腰の低い母親であった。引き合わせた所で、どう言えばいいのか迷いがあり、正直助かる気持ちもあるけど。
だが、右川の母親のあまりの低姿勢に、そこまで遠慮されるというのも違う気がして、卒業というケジメに、こうなったらハッキリさせてもいいかと覚悟も出てくる。
「右川って、何処ですか?」
うっかり、母親の前でいつも通りの呼び捨てをやらかして、今日1番、引き攣った。
「何だか用があるとかで、さっさと担任の先生の所に行っちゃったのよ」
右川の母親は、手に持っていたコートを着始めて、帰り支度を整えている。ウチの母親あたりを、またそこでチラッと見た。
俺も見たが、くだらない長話を終わらせる様子は無い。
右川の母親は、何やら考えている様子に見えた。
「すいません」と俺の方から詫びる。右川も、俺も、俺の親も、だ。
それでも右川の母親はニコニコと笑顔を絶やさなかった。
話題に困って、お歳暮の事に触れると、お礼状について逆に何倍も丁重にお礼を言われる始末である。またしても、冴えない。
「また家に遊びに来て下さいね。ウチのお父さん、沢村くんに会いたがってるから」
信じられない。あの親父が?ウソだろ。
振られた発言以降、親父は俺に対していい感情は持っていないはずだ。
「妹のヒロミも今日が中学の卒業式でね。お父さん本当はこっちに来たかったみたいなんだけど、昨日カズミとケンカになっちゃって。それが……」
そこで言葉を濁して、「あら、これは余計なおしゃべりだわねぇ」と引き下がった。
ウチの母親に比べたら、おしゃべりのうちには入らない。
そのケンカの成り行きあたり、もっと聞いてみたいと思ったが、母親もこれから妹の中学に顔を出すと聞いて、そこから先を促すことが出来なかった。地元の中学だと言うから、双浜からは、かなり遠いだろう。
最後にお辞儀をして、右川の母親とはそこで別れた。
やっぱり1度、右川にちゃんと聞こう。
また、あの親父とガチ対面……それはシビレるな。

懐かしむように、右川は生徒会室にいた。
ここは多分、一生忘れないだろうな、と思った。右川もだろう。
「なーんか来ちゃったよ」と珍しく右川の方から腕の中に飛び込んできた。
「寒い……」
「確かに」
今日は少し寒い日だ。
「何か、泣きそう」
「何で」
「松倉は就職だし。ヨリコも折山ちゃんも大学別々だし」
今頃になって、押し寄せているのか。
「そういや海川って……大学、どこだっけかな~」
「それ本人には言うなよ。泣くぞ」
てゆうか俺の事は?とは訊かなかった。というか、訊けなかった。
俺に貼りついたまま、右川はずっと浅い呼吸を繰り返している。
おそらく……半泣き。その体を支えているうちに、こっちにも妙に込み上げてきて、もじゃもじゃ頭にくすぐられながら誤魔化した。
受験はどうなっているのか聞きたい気持ちが沸き上がる。
きっと周りから嫌と言うほど突っ込まれているだろうと、ここでは何も言わない事にした。
今日はこれから、毎年恒例、生徒会執行部のお別れ会である。
吉森先生は出られないと聞いた。
右川が別れを惜しむには早いかもしれない。下手すると、卒業式後もお世話になる事を含めて。
今日はその後もずっと一緒にいられるという。親の話は後でもできるかな。
右川は腕の中にジッといたまま、身動き1つしなかった。
いまだ、かなり参ってる。
「おまえはズルいよな」
「何それ。どういう前振り」
「羨ましいを通り越して、俺は妬ましい」
「何それ。今のあんたにそんな慰め、貰いたくないんですけど」
慰め、も無いとは言わないが、妬ましいのは事実である。
「俺が頑張って国立受かってもさ、そんな話は一瞬で終わりだよ」
これが屈辱の事実だった。先生も、阿木も、ノリも桂木も、永田も黒川も、剣持も折山も、あの藤谷ですら「右川はどうなってんだ?」が俺の一瞬の合格おめでとうの後に延々と続く。
それぞれの言い方は、心配、超心配、同情、いい気味ザマ見ろと、全然違っていたが。藤谷は、右川の現状を聞いただけには収まらず、今ここで右川には聞かせたくないような罵詈雑言が付随した。
とにかく、俺を見るたびに、右川右川とみんなが言う。
それを言ってやると、
「ようやく、あたしと同じ気持ちになれたね~ん」
笑顔が舞い戻ったはいいが、今度はこっちが「は?」だった。
「俺はあんだけ必死で努力したのに一瞬だぞ。お前なんか、高校生活後半ちょっとやったぐらいで延々と言われてんだぞ」
割に合わない。
そこを同じ気持ちと言われても、どうにも納得がいかなかった。
あの時も?あの時も!と溢れ出し、まさかの乱闘寸前!……とまでは行かなかったが、熱くもささやかな2人だけの思い出回想録が始まる。
そこに浅枝と真木が、大量のお菓子と飲み物を抱えて入ってきた。
「またケンカですか」と、浅枝は眉間にしわを寄せる。
真木は、「いやいや、相変わらずラブラブですね。でも、まだ付き合って半年しか経ってませんよね。まだまだ、これからって事ですね」と半分、嫌味にも取れるが、いつかのようにヤサグレてはいない事を考慮して、そこは突っ込まないでおいてやる。
2人が加わって、またしばらく、やっぱり懐かしい話に盛り上がった。
程無くして、
「で、うーちゃん先輩って、結局どこ行くことになったんですか」
相変わらず中途半端なタメ口で真木が切り出してくれたのだが。
ヤバい、と俺は構えた。
現状、何て言うつもりなのか右川を窺うと、一緒になって、ヤバい、という顔をしている。
……そうだ。気がついたか。
俺の国立合格云々を知ってか知らずか、浅枝と真木の口から、それに関しては1度も出て来ない。何を於いても、右川の心配の方が先なのだ。「それ見ろ」と、こっちは居直る。
「あ、あ、あのぅー……沢村先生、港北大受かったんだよぉーん」
横目でこっちの顔色を窺いながら、ついでのように言ってくれたもんだ。
浅枝と真木は声を合わせて、「「知ってます。おめでとうございまーす」」と同時に言ってくれたもんだ。
が、
「それなら右川先輩、新里大あたりに決まるといいですね」
俺の件は本当に一瞬で終わってくれた。自分で言ってて虚しいよ。
「新里受けた事、何で知ってんの?言ったっけ?」
「阿木さんに聞きましたよ」
右川は、「あれ。アギングに言ったっけ?」と空を見つめる。
俺は言ってないぞ。首を振った。
「何も言わないのに知られてんだ。すげ」
何も言い返せないだろう。
右川は側にあった紙くずを、悔しそうに投げつけてきた。
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