God bless you!~第15話「farewell~卒業」
午後8時。
すっかり暗かった。雨も本降り、相当強く降っている。
右川の帰りを心配した所、「今夜さ、アキちゃんとこの新居に泊めてもらう事になってんの」と何処となく謎めいて見せるので、どういう挑発なのかと警戒していると、こっちが何も言わないうちから、「うりゃ」と猫パンチを喰らわせてきた。
「そういう意味のアリバイぢゃないからね。仏像エロ男子」
「そこまでガツガツしてねーよ」
っていうか、改めて話題にされると、今の今までせっかく忘れていたというのに、体が疼くだろ。
雨宿りに、コンビニに寄った。その軒下で、しばらく雨宿りする。
傘を広げて、傘に隠れて、まるで何かを約束するみたいに、俺は右川にキスした。
「ガツガツしてるじゃん。先生」
「おまえのせいだろ。先生言うな」
もう一度、キスした。
雨はまだ止む気配が無い。その時、右川の携帯が鳴った。
「アキちゃんだ」
そこから山下さんに誘われて、俺も新居に伺うことになる。
右川亭は、もうすっかり綺麗な一戸建て。
早速、「来た来た」と、ハルミさんに忍び笑いで迎えられた。
「嫌いなもん、無かったよね。茶色いシチューは出してないから。あ、これ運んで」と謎の判断でかく乱されたまま、手伝わされる。
とんかつも刺身もあった。
「あ、それは買ったの」「うん。俺がね」と、山下さんが笑う。
サラダと肉じゃがは、「あ、それは作った」「うん。俺がね」「って、違ぁーう!」と、ハルミさんにパンチを喰らって……絶妙なボケとツッコミ。
そして山下さんとハルミさんの上下関係を垣間見た。
〝突き抜けたヤツ〟
2人は、お互いが、そうだという気がする。
右川もハルミさんに指図されながら、「えー」とか「面倒い」とか「お皿なんてどれでもいいじゃん」とか文句を言いながらも、甲斐甲斐しく立ち回っていた。
すっかりごちそうになった。
右川とハルミさんは別の部屋で、これから受ける大学の話をするという。
成り行き上、俺と山下さんが残った惣菜と共に取り残され、「実際あったんだけどね」という、教育実習時代の学校話を聞いた。
バイト禁止の学校。内緒でバイトしていた生徒がいる。
バレた5人が叱られた。「全員水に飛び込め!」と先生に言われて、青くなり混乱してそのまま飛び込んだ。バイト代で買ったスマホもゲーム機も全部、水に浸かってパーになった。最初から……荷物は置いとけばよかったのに。
「笑っちゃいけないんだけど」と山下さんはそれでも笑いを隠しきれない。「バイト禁止を破る程度には大胆でヤサグレてんのに、叱られたとあったら、そいつら大真面目なんだよ」
似たような事がありました。しかし水に浸かったのは俺の携帯です。
そこでハルミさん達が、話を終えて出てきた。
と思ったら、「あ、彼氏にいいものがあるよ」と、何やら渡してくる。
右川が慌ててやってきて、「ちょっと!」と、ハルミさんと、それを取り合いになった。
右川にとって都合の悪いもの……それは相当面白いものに違いない。
背が高いと、こういうときに便利だ。右川からそれを取り上げて読んだ。
〝彼氏について〟
冒頭部分を読むだけでも、血が逆流。
右川を避けて、トイレに逃げ込むと、「それは脅されて書いたんだから!トイレに流して!」と、ドアを叩きながら、外から叫んでいる。
脅された!?そんな言い訳通用しないくらい、生き生きと事実に迫っていた。最後まで……ちゃんと、読んだぞ!
静かにトイレを出た時、右川は風呂に入ったと聞く。
てゆうか、俺が入り込めない場所に逃げたな。
「乱入していいですか」
「ここで俺がそれを許す訳にいかないだろ」
こっちは単なる冗談のつもりだったのに、チャンス?とばかりに男のスケベ心を丸出しと、山下さんには取られたらしい。(それは普通に屈辱です。)
それならと、右川が居ないのをいい事に、ずっと気になっていた右川家での俺の立場について、聞いてみた。山下さんなら当然何か知っていると思えたからだ。
「沢村くん、もういつでも婿入りできるよね」
ハルミさんも交えて聞いた話に、俺は耳を疑った。
なんと!
右川家では、かなり好意的に俺を受け入れている。
右川の親父が俺に会いたいというのは本当だったのだ。それが1番驚いた。
それなら何の問題も無い。何であいつは何も言わないのか。
そういう事なら今日、うちの親を引きずってでも右川の母親に捧げたのに!
右川の母親は、帰る間際までウチの親を気にしていた。
だが俺の親はまるで頓着せず、どうでもいい他人と下らない自慢話に興じていて……あれじゃまるで俺の側は右川を全然認めていないように見えるじゃないか。事実、何も話していない俺が……まるで極悪じゃないか。
「あー……はぁ。生きかえるぅ」と風呂上りでご機嫌な右川が戻って来た。
人の気も知らないで。
さっきの〝彼氏について〟レポートの余波もあり、山下さん達の前ではあるが、堂々と詰め寄る。
「親の話、全部聞いたぞ」
右川は、ご機嫌な顔を1度曇らせ、マズい!と顔をしかめた。
「そういう事を後で聞く、こっちの身にもなれって」
「あんたの身になって、親父と顔突き合わせたくないと思ったんですけど」
「おまえこそ、よしこと顔突き合わせたくないんだろ」
そこに突然、ドアのチャイムと共に、訪問客がある。
「来た来た」と、またしても邪悪なお出迎えでハルミさんが玄関のドアを開けると、そこに居たのは……古屋先生と阿木だった。
右川も俺も、一時、バトルを忘れた。
2人は私服で立っている。
古屋先生は塾での堅苦しいスーツ姿から一転、コートもマフラーもジャケットも、その胸に入っていたハンカチ?のような小物に至るまで、何やら華やかな特別仕様である。
阿木は阿木で、コートは学校指定の紺色で何の変哲もないが、それを脱いだ時、その下から紺色の清楚なワンピースが覗いた。
ヒールも同系色でまとめて、女子が化けるとはこういう事を言うのだと……お手本を目の当たりにした気恥かしさが、こっちまで漂ってくる。
阿木は何やら貰ったのか、小さな紙袋を提げていた。2人の恥ずかしそうな、何処となく嬉しそうな雰囲気を見せつけられて、俺も右川も、軽く混乱。
聞けば……そういう事らしい。
古屋先生は4月から港北大の専任講師である。
それじゃ何処に受かっても第1志望は絶対に変えないだろう。
週刊女性自身、海川、恐るべし。
右川は言葉を失っていた。
〝そういう事〟を後で聞く俺の身に……やっと気づいたに違いない。
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