トリップしたら国王の軍師に任命されました。

(呼ばれている)

 風で木々の葉が揺れる度、自分を呼ぶ声がさざ波のように聞こえる。

 何度もこの古墳に来たことがあるが、初めての感覚だ。

(行かなくちゃ)

 どこに行けばいいのか、明日香にはわからない。けれど、彼女は自分を呼ぶ世界に向かおうと、右足を踏み出した。

 その瞬間、足首を何かに引っ張られて明日香は足元を凝視する。

「ひっ」

 思わず声を上げてしまった。明日香の下には、そこの見えない奈落が広がっている。と思うと、容赦なく重力に引っ張られた。

「た、竪穴式いいいいいいいい~!」

 悲鳴は穴の中に吸収され、外には漏れなかった。

 穴の中で目を閉じた明日香の瞼の裏に、夢で見た光景が再生される。

 中世ヨーロッパのような景色。見覚えのある城。大きな教会。

雷に打たれたような衝撃が、明日香の記憶を揺さぶった。

(あれは)

 流れの早い川。明日香を呼ぶ、男の声。

(思い出した)

 明日香は目を見開いた。しかし辺りは真っ暗で、何も見えない。体は落下し続けており、声を発することもできない。

(ジェイル、ジェイル。どうして忘れてしまっていたの)

 涙が溢れ、頭の上に飛んでいく。明日香は思い出した。異世界で過ごした時間を。誰よりも大切な人を。

 黒い髪。アクアマリンのような澄んだ瞳。

(ジェイル!)

 明日香はもう一度目を閉じた。彼がいる世界に戻れるよう、必死で祈る。

(待っていて。今あなたの元へ帰るから……!)

 強く念じた次の瞬間、明日香の意識は途切れた。


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