トリップしたら国王の軍師に任命されました。

 蛇口をひねって水が出るだけでも幸せと思え。毎日ご飯が食べられるのをありがたいと思え。

 大人たちはよくそう言っていた。

 明日香もそれには納得していたし、日常の些末なことにも感謝し、穏やかに暮らすのが幸せだとはわかっている。けれど、仕事ですり減った神経では、それすら難しかった。

 女性は綺麗に着飾り、仕事も恋愛も楽しみ、キラキラの人生を過ごすべし。

 そういうメディアのプレッシャーも、明日香には重かった。何でもある世の中だからこそ、人々は自分の持ち物と他人の持ち物を比べずにはいられなくなっている。

「私を必要としてくれる人はいなかった」

 両親は普通に優しかった。けど、それ以外の人に求められていると思ったことはない。周りの人間が悪いのではない。溶け込む努力をしなかった自分も悪い。それはわかっていた。

 とにかく、世界の全てを窮屈に感じていた。

「夢に見たの。ジェイルやシステインの人たちが私の名前を必死に呼んでいるのを」

「川の捜索のときだな」

「そう。これほど強く自分を求めてくれることに、感動しちゃって。どうにか戻れないかと祈って気づいたら、海に浮かんでいた」

 自分を必要としている人たちの力になるため、戻ってきた。そんなセリフが明日香の頭の中に浮かんだけど、口には出さなかった。照れくさかったから。

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