トリップしたら国王の軍師に任命されました。
「逃げれば、お前たちが挟み撃ちに合うだけだ」
ジェイルの声が響くと、バックス軍が身を震わせる。東には本隊、西には海賊、南からアーマンド隊。北は崖。逃げ場はない。
「ここまでか……お前たちはどこまでも、私の邪魔をする……」
うつむき呟いたバックスは、顔を上げて明日香をにらんだ。
「お前が現れなければ。お前が、せっかく隠居していた王子を、王に推薦したりしなければ」
恨み言はだんだん小さくなる。耳をすませるまでもない。バックスは自分で言葉を切り、首を振った。諦めたように空を仰ぎ、呟く。
「いや。この私に運がなかったというだけか」
呟きは風にかき消された。
バックスの右手が、剣の柄にかかる。
「待っ……」
明日香の制止も届かず、高速で抜かれたそれは、瞬時に彼の喉を切り裂いた。
ジェイルが咄嗟に明日香の顔を自分の胸に押し付ける。
おびただしい血で顔から胸まで真っ赤に染めたバックスは、砂を巻き上げ、浜に倒れた。
気の毒なくらい真っ青になった敵軍は次々に剣を捨て、両手を上げた。大人しく降伏したのである。
こうして、明日香たちはシステインの命運を左右する戦いに勝利した。
歓喜する兵士たちの間で、ジェイルと明日香は強く抱き合っていた。
裏切り者ではあったけど、かつて一緒に戦った者の死は、彼らの心に深く傷を刻んだ。
味方に悟られないように泣く明日香を、ジェイルは何も言わずに温め続けた。