狼を甘くするためのレシピ〜*
 急いでシャワーを浴びて着替える。
 時間に余裕はないので、『コルヌイエ』へは自転車で向かった。

 風を切るのは気持ちがいいけれど、耳が冷たい。
 ふと気づけばもうすぐ十一月なのだからそれも当然だろうと思う。

 ―― 十一月か。

 十一月一日には三十歳になる。

 少し前までは三十歳がとても大人に感じたというのに、実際その歳になるとなにも変わっていないような気がする。

 それは良い事なのか悪いことなのか?

 ――ケイに聞いたら、なんて答えるのかしら?

 ふと、そんなことを思った。

 店に着いて仕事が始まっても、ケイのことが蘭々の頭から離れない。

 ――今日のランチで紗空から聞ける話は、どんな話だろう?
 ミナモトケイとは一体何者なのか。

 二度も肌を合わせたというのに、素性も知らない謎の男。

 教えてと聞けば、名前くらいは名乗ってくれるかもしれない。
 でもその時は、自分も正直に話さなければならないだろう。

 少なくとも彼は本当に『ケイ』だった。
 それなのに自分はといえば、アキという偽名を使っている。
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