狼を甘くするためのレシピ〜*
 径生と連れ立ってタクシーに乗り込むと、月子はすかさず資料を取り出した。

 これから向かうのは、婦人服を主流とするアパレルメーカー。
 静止画ではなくVRを利用して、実際にファッションショーを疑似体験できるなど、ネット通販のサイトを根本的に見直したいという相談があった。

 資料には、クリエイターから吸い上げた具体的な提案がいくつか提示されている。
 渡された資料をゆっくりと隅々まで見つめていた径生は、パラリとファイルに戻し「相変わらずバッチリだ」と微笑む。

「よかった。では予定通り、このまま進めますね」

「ああ、任せる」

 ホッと胸を撫でおろし、バッグに資料を戻す月子を見つめながら、ふと径生が言った。

「なぁ月子、この仕事楽しいか?」

「なんですか、いきなり。もちろん楽しいですよ。楽しくなかったら辞めてますって」

「お前のことだからそうなんだろうが、辞めたくなったら半年前には言ってくれよな、急いで事業縮小するから」

「もぉ、何言ってるんですか。私がいなくたって代わりはいくらでもいますって」

 口ではそう言ったが、自分でも自信はある。こんなに仕事ができる女はそうそういないわよ、と。

 ――っていうか、辞めるなよとか言ってくださいよ。
< 185 / 277 >

この作品をシェア

pagetop