狼を甘くするためのレシピ〜*
 ――いい人じゃないですか、社長の恋人。

 昨夜月子は、ひと目見るなり彼女がLaLaだと気づいた。

 多分、径生が真剣に見つめていた雑誌のことが記憶に焼き付いていたからだろう。

『青山の宝石店に勤めています。綾野と言います』

『ごめんなさい。あの……なんて言っていいか』

『お願い、今日は払わせて』

 おそらく彼女が発した言葉はそれだけ。突然の状況に面食らっていたのだろうと思う。
 あとは終始、その隣にいた女性が聞き役に回っていた。それでも聞いてくることは彼のことではなく、Vdreamで作っているゲームの話。

 本当に聞きたいことは社長である源径生のことだろうに、そのことには二度と触れることはなかった。

 だからあえて事件の話をした。

 氷室仁が社長を殴ったこと。
 どうやらネックレスが関係しているということ。

 とても驚いた様子で黙って聞いていた彼女は、大きくため息をついて目を伏せた。

 最後は『今日はありがとう』と手を差し出して、握手をしてからタクシーの中に消えていった。
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