狼を甘くするためのレシピ〜*
「ほんとうに、やめるんだなぁ」

「なによ、しみじみしちゃって」

 その横顔をチラリと見た彼女は、哀愁を打ち消すようにアハハと明るい声で笑う。

 彼女の名前は綾野蘭々(あやの らら)。
 ファッション誌を飾ってきた人気モデルLaLaだ。

 でも、その華のような肩書もあと三時間で終わろうとしている。

「明日から一般人なんだろう?」

「うん、まぁね」

「どんな気分だ?」

 彼女はクスっと笑って、肩をすくめた。
「ちょっとだけ寂しい。でもそれ以上に清々しい。概ね良好よ」

 蘭々がファッションモデルLaLaであり続けた年月は人生の半分に及ぶ。
 ちょっとだけでも寂しいのは当然だし、清々しいということも、さもありなんと、仁は思う。
 いま、彼女の心は、寂しさを上回る達成感に満たされているのだろうと。

 仁と蘭々との出会いは青扇学園。ふたりが十六歳の時だ。
 親友として、仁はずっと彼女を見守ってきた。

 なぜ彼女が、なりたくもないのにファッションモデルになったのかも知っているし、女王のように気高いLaLaの微笑みの裏には、孤独な涙を隠していたことも知っている。
 時には傷口を抑えるように、足を引きずるように這い進み、それでも彼女は勝者であり続けた。
 今はただ、そんな彼女を心から褒め称えたいと思う。

「そりゃよかった」と安心したように仁は微笑んだ。

 実際のところ彼が心配なのは、LaLaとしてではなく、蘭々としての彼女のことだけだ。
 ニッコリと微笑みかけてくる彼女が、未来を心配しているとか不安を抱えているのでなければ、もうそれだけでよかった。
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