狼を甘くするためのレシピ〜*
 遅咲きの桜の木を見上げていた彼は、スッと手を伸ばし、ようやく綻びはじめた薄いピンク色の小さな花を指の先でそっと撫でた。

 ただそれだけのワンシーン。

 左手はポケットに入れたまま、蘭々の視線に気づいた彼が振り返った時、その瞳に、蘭々は恋に落ちた。

 胸を射抜かれた、と言ってもいい。

 ひとめぼれだった。

 後にも先にもあんな経験はない。

 いつしか友人にはなれた。
 想いを告げて散るよりも、熱い炎はそっと胸の奥に隠したまま親友であることを選んだ。

 その想いを断ち切るように恋人を作った。

 体も心も大人になりたかった。

 初恋のことなど忘れたかった。そして忘れていたはずだった。

 そのコウに恋人が出来たと知ったのは、つい最近のこと。

 言われたわけではないのに『ごめんね蘭々』そう言われた気がして、涙が止まらなかった。

 その時の辛さを、一瞬で思い出したのである。

 気がつけばポロポロ泣きながらケイに訴えていた。

『恋なんかしないって言ってたくせに、うそつき』

 ケイは真面目な顔をして話を聞いてくれた。

 茶化すこともなく、ふざけるでもなく。うんうんと時折頷きながら。
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