恋は小説よりも奇なり
その瞬間、満は覚悟を決めた。
怒られるなら全身全霊をもって頭を下げて謝るだけだ。
全身を強張らせ、男からの怒声を待つ。
「気をつけなさい」
男は凛と響く涼やかな声で一言だけ述べると、ハードカバーの小説本をポンと満の頭に当て、そのまま横を通り過ぎていった。
背筋が伸びた広い背中を黙って見送る。
叱られるとばかり思っていた満はなんだか拍子抜けだ。
叱られなければそれはそれでラッキーだと思うところなのだが、意外な事が起こると戸惑いを感じてしまうのが人の心理というもの。
頭の芯がジンジンする。
それは男の持っていた本が触れたところ。
叩かれた痛みではなく、撫でられたような優しい後味。
満は無意識に手を頭上へとやっていた。