恋は小説よりも奇なり
これで執筆に遅れでも生じてしまえば、親切にしてくれる高津書房の人たちにも申し訳が立たない。
そんなことになるぐらいなら大風邪でもインフルエンザでも喜んで自分が引き受けると満は本気で思っていた。
「……お前はいつも人の為だな」
奏は呆れて小さなため息をつく。
「早見の為にミジンコのような小さな勇気を振り絞って作家のところへ原稿の催促(さいそく)に行き、友人の為にデートのお膳立てをして、大和の名誉の為に全力でフォローを入れ、挙句に俺の為に凍えそうな寒さを必死でやせ我慢して……。
本当に馬鹿なのか、お前は」
奏の口からつらつらと出される慈善事業の数々。
頼まれると断れない性分を自覚しているだけに彼の言葉は満の心にチクチクと悪戯な痛みを与えた。