恋は小説よりも奇なり
「上着と一緒に突き飛ばされる前に言っておくが、これは今できる最善の防寒法だ。お前が風邪をひくのは俺が気に入らない。
そうは言っても、俺が風邪をひくとお前が落ち込む。だから、雨がやむまで我慢しなさい」
奏が満の耳元で囁(ささや)く。
「あっ……ぼ、ぼ、防寒ですね、防寒……」
冷静を装おうとすればするほど意識してしまう満。
身体はカチコチに固まって動かないくせに心臓だけはうるさいぐらいドキドキしている。
「俺は別に自分が風邪をひこうが大して気にしない。でもお前は泣くだろう……」
「え……?」
「俺が風邪をひけば責任を感じてお前は泣くだろう。それは……困る」
困る――…
満の頭の中で奏の言葉が何度も何度も反芻(はんすう)した。
繰り返されるたびに心臓が音を立てて主張する。
冷えきっていた身体が徐々に熱を帯びて頬を桜色に染めた。
会話が途切れて雨音だけがシトシトと響く。
そしてその日、一機の飛行機が雨空の日本に向けてロンドンを出発した。