恋は小説よりも奇なり
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その夜、奏は珠子と電話で会話をしながらも頭では全く別の事を考えていた。
女性の笑顔というものに昔から縁遠い自分。
どんなに笑っていても最後には表情を濁らせてしまう。
『ちょっと、先生……話聞いてます?』
返事をしない奏に珠子が呼びかける。
「あぁ……すまない。何だったか……」
全く話を聞いてないかった奏に対して、珠子の盛大な溜息が受話器を通じて耳に届いた。
『次の打ち合わせですよ。寝込んでいた分を取り戻さなくちゃいけないんですからしっかりしてくださいよ……。それとも、まだ体調が悪いんですか?』
「いや、大丈夫だ。打ち合わせの日取りは君の都合の良い時で構わない」
『そうですか。それでは調整してまた連絡いたします』
会話が終わり奏が電話を切ろうとした時、『あっ!』と何かを思い出したような珠子の声が響いた。