恋は小説よりも奇なり

横断歩道でのことがあってから、奏の歩く速度はできるだけ満に合わせるようになった。

それでも時々早くなって彼女の前を歩く。

それに気付いては立ち止まっての繰り返し。

満は奏の気持ちが嬉しかった。

だから、なるべく奏を待たせないように歩く。

そのため、いつもより随分早く自宅アパートの近くへ着いた気がした。

「アパート、この近くなのでもう大丈夫です」

「そうか」

「送ってくれてどうもありがとうございました」

満が感謝の言葉を述べると、奏は「じゃあ、俺はこれで」とあっさり元来た道を戻っていく。


もう少し別れを惜しんでくれてもいいのに……


そう思うのは小説やドラマの見過ぎだろうかと自嘲する。

小説といえば、満は今日もっとも重大だと思える事実を思い出した。

自分からどんどん離れていく男性が、小説家の武長 奏ということだ。
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