大嫌いの裏側で恋をする


『コソ泥かよ』
『ひい!?!?』

どっから出したのか、甲高い声が響く。
真後ろまで近付いた俺にも気がつかないで。 危ねぇだろ、このビル他の階には違う会社も入ってるし。
変な奴が出入りしない、なんて保障もない。

こいつ、自分がそこそこの見た目してる女だって自覚はないのか。

『うるっせ。 何してんだよ』
『……過去の請求書見てました』

あからさまに視線を外し口を尖らせながら話す、そんな表情を不覚にも可愛いと思った。

『……なんで』

が、それを見せるわけにはいかない。 グッと飲み込み問いかけると。

『高瀬さんのお客さん、請求が特殊すぎて。 指定請求書も多いし訳わかんなくて』
『んなこと聞いてねぇよ、なんでこんな時間にコソコソしてんだよ』

聞きたい答えが返ってこないことに、少し言葉が乱暴になったかもしれない。
しかし、そんなことは気にもしないのが目の前の女だ。
間髪入れず、もう!すぐに怒鳴らないでくださいよ! なんて返ってくる。

(いや、お前も怒鳴ってるからな)

腹の中の声は、ややこしいから黙っててやるけど。 そうこう考えてるうちにボソッと呟くような声。

『…………田代さんの、引き出しに、この棚の鍵があるんですよ』
『あ?』
『あの人が帰ってからじゃないと、見れないから。 鍵使いたいって言っても貸してくれないんですもん』

(ああ、なるほど、これか)

脳裏に浮かんだ吉川の顔と言葉。
黙ったままの俺を見て、伝わってないと思ったのかよくわからない説明を始める。

『その、なんか、私が昼休みに騒ぎ過ぎてうざかったんですかね、前にめちゃくちゃ怒られて、それからまともに話もしてもらえません……田代さんに』
『よくわかんねぇけど、んなの、仕事に影響してんなら上になんか言ってもらえ』
『無理ですよ、うちの支店長でさえ、田代さんには頭上がってませんよ』

小さく首を振った顔は、あからさまに疲れが滲んでいる。
さすがのこいつも、定年間近のババア、じゃなくて。 ……ベテランとの付き合いには悩むもんなんだろうか。
どうしてやるもんかと腕を組んだ俺の耳に、次は、やたら大きな声。

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