大嫌いの裏側で恋をする
「安心しろよ、お前に手出すほど困ってない」
「そんなの知ってますよ! 彼氏に愛想つかされた女ですからね! そりゃね!」
……そんなに売られてもない感じなのに喧嘩買っちゃう癖を、なんとかしたい。
治らないから、こんな今なんだけど。
「あのな、別にお前がどうだって話じゃないだろ。うっかり手なんか出せるかよ」
「え、」
急に真面目な声を出して、私を見上げる瞳が細められるからドクンと心臓が震えた。
「お前が機能してくれてないと仕事が回らんわ」
――ああ、そういうこと。
なんて、ちょっと肩を落としてしまう。
って、仕事を評価されてそうな発言なんだから肩を落とす意味もわからないんだけど!
「お、きたきた」
やがて、乗り場に到着したタクシーの後部座席が開かれ、高瀬さんに背中を押されたかと思うと手を取られ、さっき返ってきたのとは別の一万円札を渡される。
「え!? まさか、も、貰えませんよ!?」
「バカにすんなよ。付き合わせたんだ、こんな場面で女に払わせるかよ」
有無を言わさぬ雰囲気に、仕方なく頷く。
そして。ふと思ったことを口にした。
「高瀬さんは? 一緒に乗って帰らないんですか?」
私の言葉に、ニッと口角を上げたその笑みは見慣れた意地悪なもの。
「俺今わりと酒入ってるから一緒に乗らない方がいいと思うけど」
「……え!?」
含みをもたせた言い方に、悔しいけれど顔が赤くなった気がした。
「はは、バーカ嘘だっつの。 ま、酒入ってんのはマジだからどっかで女見つけて遊んで帰るわ。 だからお前も気にせずさっさと帰れ」
後部座席に押し込まれ、最後に耳打ちされる。
「危ないから、ちゃんと家の前まで乗って帰れよ」
そして、耳に吐息の感触が残ったまま、タクシーの扉は閉められた。