大嫌いの裏側で恋をする



「じゃあ出るな」と高瀬が放った、その声をかき消すように電話が鳴って。
石川さんが出た。もちろん高瀬の声は聞こえてなかったらしい。
チッと軽く舌打ちが聞こえる。
その勢いで俺を睨んで。
「笑ってんなよ、行くぞ」と。お声がかかる。
どうやら、彼女の『いってらっしゃい』が聞けないことが、大層不満らしい。
別に行き先は同じじゃないけど、まあ駅までは一緒か。
はいはい、と頷いて先に歩き出した高瀬の後を追う。

フロアを出て、エレベーターに向かう中、話題はやっぱり彼女のことだ。

「動かないの?お前が本気出したら石川さんも揺れてくれるんじゃない?」
「あ?」

ほぼ同じ背丈の高瀬が隣を歩く俺を、眉間にしわを思い切り寄せ、ギロリと睨む。
……高瀬、お前ほんと目つき悪いよ。


「何回も言わせんなよ、俺は、自分に好意持ってる女の扱いしか知らねぇし」
「うん、何回も聞いてるけどね」
「つーか、相手の男長いっつーし、んなの、どうしろっての」
「いや、別に結婚してるわけじゃないのに奪っちゃえばよくない?」

高瀬が俺の顔をポカンと眺めてる。
その間にエレベーターに到着して、ボタンを押して。
俺は、ククッと小さく笑った。

「お前、変なとこ真面目だね」
「ま、真面目っつーか、迂闊に手出して揉めてみろ。辞めるとか言い出したらどうすんだよ」

エレベーターのドアが開く。
誰も乗ってなかったから、遠慮なく会話を続けながら乗り込んで一階のボタンを押す。

「へー、決まり文句のアレじゃないんだね。社内の女なんかと付き合うかよ、めんどくせぇ。だっけ?」
「似たようなもんだろ」
「ずっと別れなかったらどうするの?」

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