mimic
『この部屋は海風が気持ちいいね』


酒で間合いをつめて。


『ごめん、びっくりしちゃった? むやみに触れないね。女の子の、こういうと』


適度に欲しがらせて。


『小夏ちゃん、泣かないでよ』


首尾良く優しくして。


『すごい、蜜、溢れてくる』


有能な働き蜂だよね。


『俺が、立候補したかったのにな。〝ほかの男〟に』


すごい、積極的で従順で、仕事熱心な男だよ。
狸だか狐だか鼠だか鴨だか蜂だかなんだかもうわかんないけど。

すっかり騙されたよ。


「小夏ちゃんとの縁、切っちゃうんですか」


海月の間抜けな声が聞こえて、わたしはさっきから頬に伝う涙をぞんざいに拭った。


「うん。お前とこうなっちゃお互い様だし、あいつも大人しくなるだろう」


ひどい。
心がもう消えてなくなりそう。

でも……。


「どうせあの昔の傷だって、ただのお飾りなわけだし」


縛りつけていたのは、わたしの方だった。
おじいちゃんの言葉と、この胸の傷を枷にして、唯ちゃんに頼って。自分ひとりじゃ生きられないと決めつけて逃げていた。
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