mimic
「だったら、俺がもらってもいいですか」
「……は?」


一瞬にして、涙の流れは止まった。体が固まる。


「は? なに言ってんの」


呆れたような唯ちゃんの声。


「ちなみに、菅野さんとこの酒販会社に詳しい仕事仲間に聞いたんですけど。あのご令嬢、かなり男癖悪いらしいですよ」
「あ?」


わたしは息を止め、多野木の言葉に聞き入った。


「親に内緒で多額の借金もあります」
「なんだって?」


唯ちゃんが硬質な声で呟く。

ドア一枚隔てた向こうの世界では、尋常じゃないくらい張りつめた空気が流れているのだろう。


「まあ、一貫して如才がないとの噂の菅野さんですから、飼い馴らして箔でもつけちゃってください。はは」


独特な、抑揚のない口調。横柄な態度。
実際は見えないけど、表情が目に浮かぶ。元から切長の目をなくなるくらい更に細めて、乾いた笑いで語尾を誤魔化す。

狐男にこんなこと言われて、苛々しない人なんてたぶんこの世にいない。


「誰に向かって口きいてんだ! 俺は、俺は次期社長だぞ!」
「お、決意表明ですか。結婚生活、まあせいぜい頑張ってください。」


今のわたし、以外。
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