mimic
「びっくりした? 入ってきちゃった。はは」


手を離した海月はスニーカーを脱ぎ、外に放り投げ、わたしの目の前にすとんと着地する。


「早く小夏ちゃんのそばに行きたくて」


距離が一気に縮まって、えらく惹きつけられる笑顔が視界いっぱいに広がる。


「あ、あとでちゃんと靴、片づけてよ⁉︎」


心臓の音が漏れないうちに、回れ右をする。
そのまま台所に突き進むと、背後からは「はーい」という気の抜けた声が聞こえてきた。


「ところで小夏ちゃん、明日土曜日だけど、ヒマ?」


海月はあちぃ、と言いながら、汗の染みたシャツを脱ぐ。
綿を通り抜ける海月の腕が周辺視野に入り、わたしは冷蔵庫から檸檬の欠片を取り出しながら、葡萄のつるを思い返していた。


「明日は夕方まで仕事だけど」
「ふぅん。そっか」


作り置きしてあるアイスティーをグラスに注ぎ、こぼれそうになる寸前で止めた。


「どうして? なんかあるの?」
「ん、なんでもない」
「……」


仕上げに檸檬の欠片を入れたら、アイスティーはちゃぷんと波打って溢れた。


「はい」


両手に持ったアイスティーのグラスをひとつ、ソファに座る海月に差し出すと、わたしも隣に腰を下ろした。
数センチ、もどかしい間を空けて。


「ありがと。喉カラカラだよ」


海月と出会って一ヶ月が過ぎた。ふたりの時間はゆるゆると流れる。
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