mimic
「今日の夕飯、なににしようかな。なに食べたい?」
「なんでもいいよ。小夏ちゃんと一緒に食べるなら」


凪の海みたいに穏やかなこの生活のなかで、唯一わたしを戸惑わせるのは、あれ以来、海月がわたしに触れないということだ。
あれ以来というのは、わたしたちが初めて体を重ねたあの日。

わたしは二十三年間、信頼して慕っていたいとこに裏切られた。
その出来事は酷だったのだけれど、狭い世界に依存していたわたしを、海月が変えてくれた。


「ジャムもいいね」
「へ?」
「葡萄ジャム。小夏ちゃん、好き?」


ああ、と頭を回想から現実に引き戻す。
夕飯の話はどこいったのかなーなんて、わたしも忘れていたのだけれど。


「わたし、ブルーベリーのしか食べたことないなぁ」


細長いグラスには温度差で、水滴が滴ってきた。
アイスティーを一口喉に流し込むと、手が冷たくなってきたから、テーブルの上に置いた。


「そ。じゃあ、挑戦してみるのも悪くないね」


グラスをがっしりと手のひらで掴んだ海月は、喉を鳴らしてアイスティーを飲み込む。
喉仏が動く様子にうっかり見惚れてたことがバレないように、わたしはそっと目を逸らした。


結局夕飯は、お昼に料理番組で見た青椒肉絲を作ってみた。
美味しい美味しいって、海月はどんどんたいらげる。わたしはそれが嬉しくて、食べる仕草に見とれてはハッとして、慌てて箸を動かす。

一緒に食卓を囲んで、半同棲状態で昼夜共に過ごしているのに、やんわりとしたこの距離感はなんだろう。と、思いながら。


「俺も食器洗うの手伝うよ」
「いいよ。それより庭に投げた靴、拾ってきて」
「……覚えてたんだネ」


夕飯の後は代わりばんこにシャワーを浴びる。
海月は、生前おじいちゃんが使ってた和室を気に入って、ときどきパソコンで持ち帰りの仕事をしている。
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