mimic
作業が終わったにも関わらず、海月は家に入ろうとしなかった。
葡萄だけでは飽きたらず、今度は白い花がそろそろ見頃を終える、さるすべりの木をしげしげと見つめている。


『お前、あいつのことちゃんと知ってんの? 素性とか』


知っているのは、もしかしたら狐が化けているのかも、ということと、葡萄ジャムを作りたがってるということ。
一度優しく抱いた女には指一本触れない、ということ。
ほかにはまだ、知らないことが殊更多い。


『ちゃんと調べた方がいい、信用するな』


俺のこと知って欲しいって言ったのは海月の方なのに。
距離を置かれて、踏み込めないラインを設定されちゃったみたいで。

飛び込めない。勇気がない。

またいつかひとりぼっちになるんじゃないか、という不安が、わたしの心を暗くさせる。


「ピンクと白のグラデーションが綺麗だね」


急に振り返った海月は、さるすべりを指差した。
瞬時にに目が合うだなんて、見つめてたってバレバレだ。


「小夏ちゃんのおじいちゃんが、大切に手入れしていたことがよくわかるよ」


誤魔化すために目を逸らそうとしたわたしに、海月は優しくそう言って、ふんわりと微笑んだ。


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