mimic
「なんでも、社長の息子らしいよ!」
「しゃ、社長の……?」
「うん! 御曹司だよ、御曹司! なんかね、総務で小耳に挟んだ噂によるとバツイチらしいんだけど……」
「へえ」
「でもさ、関係ないよね! 若くてイケメン、さらに次期社長なんだもん! 明日から一緒に働くのが楽みだよねっ」


白い歯を見せて、千葉さんはニカッと笑った。
そっか、勝手に控え室に侵入して来た怪しい人じゃなかったんだ、とわたしは安堵する。


「そうですね」


適当に相槌を打ちながら、青いビニールプールの中で泳ぐ金魚を眺める。
たまに買いに来る小学生くらいの子が、今日も夕方やって来て、元気な金魚を一匹手あみで掬ってった。


「金魚と狐って相性いいのかなぁ」


ぼそりと呟き、そのまま誰の耳にも届かず消えてゆくはずの言葉が、「狐? 管野さん、狐でも飼ってるの……?」生憎、千葉さんに拾われてしまった。


「いえ、まさか……」


わたしは笑って誤魔化し、水槽のなかで密集する金魚を見下ろした。


「__小夏ちゃん」


呼ばれたのは、特定の一匹を目で追い始めたとき。


「海月! どうして……」
「迎えに来たのに、従業員用の出口からなかなか出てこないから」


来ちゃった、と肩をすくめて言って、海月は自分を凝視している千葉さんに軽く会釈した。
なんだか気恥ずかしくて、わたしは俯く。


「金魚見てたの? 可愛いね。はは」


のんびりと乾いた笑い声を上げ、わたしの右手をキュッと掴んだ。
手を繋ぎながら、時間を忘れてしばらく眺める。
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