mimic
× − × − ×


「__……野さん? 聞いてますか?」


次の瞬間はっとすると、千葉さんが目の前で手を振っていた。


「大丈夫? かなり疲れてるみたいだね」


千葉さんは、両目を瞬かせるわたしの顔を心配そうに覗き込んだ。

場所は職場の休憩室。
海月が出て行ってから、丸一日が経っていた。
あまりにショックな現実から逃避するためにか、わたしの頭はおかしくなってしまったらしい。海月がいなくなってからの記憶がほとんどない。

台所で出しっぱなしになってたチーズ……冷蔵庫に入れたっけ?


「時期的に忙しいでしょう。タイヤ交換のお客様もいてピットも混んでるし。灯油販売のコーナーからもずっと呼び出しかかったまんまだもんねぇ」


千葉さんは言ってから、ハンバーガーにかぶりついた。


「あ、はい……」


カップに残ったホットコーヒーを飲み込んで、わたしは苦笑いする。
ぼーっとしていたのは忙しいからじゃない。

頭が、なんか上手く働かない。
海月に電話もメールもしたけど、返ってこないのだ。


『星香』


あの美しい人の顔が、脳裏に張りついて離れない。


「菅野さん、お昼ほんとにコーヒーだけでいいの? お腹空かない?」
「はい、大丈夫です」


カップをゴミ箱に捨てるため、立ち上がると。


「お疲れ様です」


休憩室に阿部店長が入ってきた。
わたしはぺこりとお辞儀をする。
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