冷徹騎士団長の淑女教育
「……っ、もうやめろ」

アイヴァンが、今度こそクレアの胸から手を離した。

「きゃっ……!」

よほど力を入れたのだろう。あまりの勢いに、クレアは体ごとアイヴァンの逞しい胸に倒れ込む。アイヴァンが、慌てたように両腕でクレアの体を抱きとめた。





すぐ目の前に、アイヴァンの顔があった。

いつ何時でも厳格さを崩さない彼の顔が、舞踏会で葡萄酒でも煽ったのか、ほんのり赤味を帯びている。

アイヴァンのような男でも、こんな俗っぽい顔をすることがあるのかとクレアはぼんやりと思った。

「アイヴァン様……」

今にも唇と唇が触れ合いそうな、至近距離。男の骨格を感じる、大きな体。喉仏が微かに動き、言葉を呑み込んだ。自分にはない男の熱をすぐ間近で感じて、クレアの胸の奥がぎゅっと疼いた。






アイヴァンの瞳が、いつになく艶っぽい色を浮かべ、クレアの唇を見つめている。

クレアの唇を欲しているのだと勘違いしてしまいそうなほど、情熱的な眼差しだった。

――今なら、許されるかもしれない。

クレアは手を伸ばし、彼の頬に触れた。

こんな風に、ずっと彼に触れたかった。

初めて会った時に彼がそうしてくれたように、自らの熱で、厳格な彼の心を溶かしてあげたかった。

アイヴァンの気の毒な生い立ちを聞いたあとであれば、なおさらだ。
 



自然と愛しさが込み上げてきて、瞳に再び涙が浮かぶ。

なされるがままにクレアに頬を触れさせていたアイヴァンが、そこで「クレア……」と切羽詰まったように呟いた。
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