冷徹騎士団長の淑女教育

疲れが一気に押し寄せてきたのか、クレアは唐突に眠りについてしまった。

涙で濡れた顔が哀れで、胸がチクリと痛む。

アイヴァンは自らの上着を脱ぐと、彼女の上半身を覆うようにかけた。

彼女のあどけない寝顔を見ていると、遠い思い出が蘇る。



あれは、クレアがアイヴァンの別宅に来て間もない頃だ。

アイヴァンの厳しさに音を上げ、クレアが屋敷から逃げ出したことがあった。

彼女は、教会の軒下で見つかった。雨の中、細く頼りない体を抱くようにして震えていた彼女に、アイヴァンは自分の非を詫びた。

分からなかったのだ。彼女に、どう接していいのか。

アイヴァンは、子供の扱い方など分からないし、公爵家ではつま弾きにされて育ったので、家族の扱い方も分からなかった。

自ずと、騎士たちに接するような厳格な態度をとってしまっていた。それが、彼女を怯えさせたのだ。

クレアは、ぶっきらぼうに謝ったアイヴァンの手を取ると、まるで子猫がじゃれつくように、自分の頬にあてがった。

真っ白な頬は、血の気がないように見えて、じわじわと浸透するような温もりを持っていた。寒空の下にできた陽だまりのような、心安らぐ温もりだった。

そのときアイヴァンは、子供というものはこんな温もりを秘めているのかと驚いた。

そして大きな褐色の瞳に真っすぐ見つめられたとき、全身の血が大きく脈打ったのを覚えている。

アイヴァンはそのとき、小さな少女が瞳の奥に隠し持っていた、強さと気高さに気づいた。

――今にして思えば、きっとあのときから、アイヴァンの心はクレアに奪われていたのだろう。

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