冷徹騎士団長の淑女教育
二人を乗せた馬は、王都アルメリアの郊外を進んでいく。やがて邸宅が一軒もなくなり、草原が延々と生い茂る平野に出るとアイヴァンは馬を疾走させた。

クレアが落ちないように、気を遣っているのだろう。手綱を握っている革とは反対の腕に抱き込まれ、クレアの胸が早鐘を刻む。

アイヴァンの腕の中は、十年前と変わらずあたたかかった。永遠に身を任していたい安心感を覚えながらも、クレアの頭の中からは昨夜のアイヴァンの言葉が消えなかった。

アイヴァンは、クレアをこれ以上あの屋敷には置けないと言ったのだ。そして彼は、間もなく妻帯者となる。

もしかしたら、アイヴァンのあたたかさに触れることができるのはこれで最後かもしれない。

どうしようもない悲しみが込み上げてきて、クレアは幾度も唇を噛みしめた。




太陽が徐々に高く昇り、早朝の空気が一掃されていく。夏の日差しが、馬で草原を駆ける二人を容赦なく照り付けた。

何時間が過ぎただろう。ようやく村らしき集落が見えてきたところで、アイヴァンは馬を停めた。

そこは、寂れた墓地だった。ろくに手入れがされていない伸び放題の草の中に、平たい四角の墓石が点在している。

アイヴァンは無言のまま墓地を突き進み、最奥にある大きな樫の木の前で立ち止まると根元付近にしゃがみ込んだ。

そして、そのまま動かなくなる。辺りには、樫の葉が風にそよそよと揺れる音だけが物悲しげに響いていた。

「………?」

クレアが困惑していると、

「この下に、俺の母親が眠っている」

アイヴァンが、ぽつりと言葉を放った。
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