冷徹騎士団長の淑女教育
「この下ですか……?」

クレアが戸惑うのも、無理はなかった。そこには墓石はおろか、指標になるようなものすら見当たらない。雑草の生い茂る地面が、何でもない場所のように広がっているだけだ。

「墓石はない。罪人だからな」

何もない地面を見つめながら、アイヴァンが答える。”罪人”という言葉の響きに、クレアは胸を打たれるかのような痛みと驚きを覚える。

「母親はこの村の出で、屋敷で働く使用人だった。俺の父親をたぶらかし不貞を働いた罪で屋敷を追い出され、恥さらしとして村からも追放され、俺が赤ん坊の頃孤独に亡くなったそうだ」

まるで人ごとのようにアイヴァンは語った。

他人行儀なアイヴァンの態度が、クレアの胸を締め付ける。返す言葉が見つからない。




「クレア」

アイヴァンが、顔を上げクレアを見た。漆黒の瞳が、立ち尽くすクレアを真っすぐに射抜く。

「弱さは、その人だけでなく、周りにいる人間も不幸にする」

アイヴァンの瞳は、いつも以上に深い威力を持っていた。

「彼女は身分もなく、不利な状況に置かれていたが、身を滅ぼしたのは身分ではなく心の弱さだ。強い意志があれば、俺を手もとに置くことも、世間の荒波に太刀打ちすることもできただろう。だが、彼女はそれをしようともせずに死んでいった」

そこでアイヴァンはひと呼吸置くと、もう一度「クレア」と呼んだ。

「数日後、君はあの屋敷を出て行かねばならない。この先、俺は今までのように君を支えることはできない。これから君は、自ら考えて自分の力で行動しなければいけなくなるだろう。だがいいか、何があろうと弱さを見せるな。弱さは、君の未来には必要ない」

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