冷徹騎士団長の淑女教育
あの頃、彼の髪色は今のようなダークグレーではなかった。長さも肩上程度で、漆黒の髪を後ろに流していた。

眼鏡はなく、冷え切った瞳で邸の召使いたちをジロジロと品定めしていたのを覚えている。

「あなたは……」

クレアが震える声をだし、座席位置をずらすように後退すれば、

「おやおや。そのご様子ですと、思い出しになられたのですか? あの頃のあなたは、まだあんなに幼かったのに。さすがは聡明な血筋の持ち主だ」

ダグラスは、不敵な笑みを浮かべた。

バロック王国にいた頃のクレアは、彼の名前も、何をしている人物かも知らなかった。それに外見が大分変わっているので、今の今まで気づかなかった。

――彼は、クレアのかつての雇い主の側にいつも控えていた男だ。



「どうしてあなたが……」

バロック王国にいた頃の思い出は、あまりいいものではなかった。雇い主はクレアを酷使し、すれ違っても声すらかけなかった。今となっては、雇い主がどんな顔をしていたのかすら覚えていない。

だが、傍に控えていたこの男の顔だけは記憶がある。すれ違うたびに、冷ややかな、それでいて舐めるような視線をいつも寄越してきたからだ。

ダグラスはクレアの反応を愉しむように目を細めると、銀フレームの眼鏡をはずしパチリと閉じた。今の今まで優しげな微笑を携えていた瞳が、蛇のような底知れない不気味さを漂わせている。

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