冷徹騎士団長の淑女教育

顔が見えないようクレアにローブを着せ、あらかじめ用意していた馬車に乗せたあと、エリックは馬車の消えた門へと続く道を名残惜しそうに見送っていた。

「行かれましたか?」

そんなエリックの傍らに、ひょっこり現れた人物がいる。アイヴァンの別宅に住んでいる、庭師のベンだ。

「ああ、行ったよ。ローズの正体が男だと言っても信じなかったら、彼女の目の前で女装してもらおうと思って君を呼んだけど、手間が省けたようだ」

「それは、なによりです」

帽子を目深に被り直しながら、ベンは横目でエリックを見た。

「でも、本当に良かったのですか?」

「何がだい?」

「お見受けしたところ、あなたはクレア様をお慕いしているご様子でしたが」





ベンの言葉に一瞬エリックは押し黙ったのち、「まさか」と笑った。

「それにこのまま順調にいけば、あなたはおそらくクレア様の結婚相手に選ばれていたでしょう。クレア様と結婚しても、あなたは国を掌ることができた。それなのに、わざわざクレア様をお放しになる必要はなかったのではないでしょうか?」

「ベン。君は、アイヴァンの味方だろ? 僕とクレアの未来を望んでどうする?」

「そうなのですが、腑に落ちなかったものですから」

影のように気配のない男だが、案外人の心の動きに鋭い。

「自分を好いていない女など、傍に置きたくなかっただけだよ」

エリックは心の内を悟られまいと、無邪気に笑って見せた。

「そうですか」と、ベンはやはり腑に落ちていない顔をしている。

そんなベンにエリックはフッと笑いかけながら言った。

「僕のことは君が好きに決めてくれ。狙っていた王位をものにした野心家か、それともただの哀れな失恋男か。答えは永遠に教えないけどね」

クスクスと笑いながら、エリックは再びクレアを乗せた馬車がいなくなった道を見つめた。






「まあ、当分は君の女装で我慢するかな」

「”デカい女”と言われてたのにですか?」

「あれ? もしかして傷ついた? ごめんごめん、許せよ」

ハハハっと笑いながら、エリックはベンを励ますように、がしっとその肩を腕で抱いた。
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