冷徹騎士団長の淑女教育
「アイヴァン様、最初で最後のわがままをお許しください」

声を震わせながら呟くと、クレアは顔を上げてアイヴァンを見た。自分を一心に見つめる漆黒の瞳に、懐かしさと愛しさが込み上げる。

「私は、この国の君主にはなりたくありません」

アイヴァンの顔が、みるみる険しくなっていく。

「なぜだ……?」

低く唸るような声で、アイヴァンは呟いた。




「それは、一生をあなたのお側で添い遂げたいからです。あなたの怒った顔も、微笑んだ顔も、あまりお上手ではないダンスも……ずっとずっと、傍で見ていたいから。あなただけを、見ていたいから……」

懸命に抑え込んでいた思いが溢れ出し、とめどなく涙が出た。

「私はあなたにとっては厄介な王女で、ちっぽけな子供かもしれませんが、それでも私はこの世の何にも代えがたいほど、あなたをお慕いしています。だから、どうか……」

クレアは、そこで大きく息を吸い込んだ。

「本当の私を見て。孤児でも子供でも、淑女でも王女でもない私を。本当の私は、あなたのことをたまらなく愛しているただの女なの」

涙で濡れたクレアの顔を、アイヴァンは真剣なまなざしで見つめていた。

永遠とも思える長い間、その時間は続いた。

やがてアイヴァンは、長いため息を吐きながらボソッと呟く。

「……俺は教育者失格だったということか」

そうは言うものの、クレアの涙を拭う指先は、まるで壊れ物を扱うように繊細で優しい。

「はい、失格でございます……」

「……はっきり言うな」

フッとアイヴァンが口もとを綻ばせた。
< 210 / 214 >

この作品をシェア

pagetop