冷徹騎士団長の淑女教育
だが、もう何もかもが手遅れだった。クレアは、自らのわがままでアイヴァンの手を離してしまったのだ。

アイヴァンの言うように、クレアは子供だった。クレアの何倍も先を行くアイヴァンの方が、はるかに上手だ。



クレアが唇を噛みしめた、その時だった。

ふいに頭上に影が差し、はっと身を縮める。

恐る恐る顔を上げたクレアは、しゃがみ込む自分を見下ろす人物を見て、息を呑んだ。

そこには、アイヴァンが立っていた。雨の中、走り回ってクレアを探していたのかもしれない。黒髪は雨のしずくがしたたるほどに濡れ、息が乱れている。

しばらくの間アイヴァンは無言のままクレアを見下ろしていたが、やがて俯くと、膝を降りしゃがんだ。



重い沈黙が、二人の間に訪れる。

何も言おうとしないアイヴァンに、クレアは怯えていた。

今まで以上に厳しい言葉をかけられて、突き放されるのだろうと思っていた。

だが、降り続ける雨音に混ざりようやく聞こえてきたのは、「すまなかった」という微かな声だった。





クレアが大きな瞳を瞬いて目の前の騎士を凝視すれば、彼は一瞬だけクレアに視線を返したあとで、すぐに瞳を伏せて続けた。

「君のような子供に……どう接していいのかわからないんだ」
< 25 / 214 >

この作品をシェア

pagetop