冷徹騎士団長の淑女教育
息が弾まないように、クレアはステップに集中した。

クレアはいつもアルマンドのステップでぎくしゃくするので、アイヴァンは繰り返し何度も練習させた。クレアのステップをぎこちなくさせているのは、目の前のアイヴァン自身の存在に他ならないのだけれど。

アイヴァンの腕の中で、ちらりと彼の顔を見上げる。長めの前髪の下で、漆黒の瞳が真剣にクレアの足元を見つめていた。筋の通った鼻に、薄くて男らしい唇。

精悍な顔立ちのアイヴァンは、きっと社交界でも注目の的だろう。結婚話がいつ持ち上がってもおかしくないと思う。

三十歳にしていまだ未婚のアイヴァンは、騎士団長としての仕事に没頭しているようで、今のところ伴侶を娶る気配はない。だが公爵嫡男という身分上、周りが放っておかないであろう。

考えたくなくても、クレアはいつもそのことばかり考えてしまうのだった。

(アイヴァン様が結婚なさったとしたら、私は……)



「どうした? 足元がおろそかになっているぞ」

ふいに頭上から指摘され、クレアははっと我に返った。

「……申し訳ございません」

慌てて姿勢を正し、ステップを正確に刻む。

「次でターンだ、いいな?」

「はい」

アイヴァンの腕の動きに合わせて、クレアは華麗に体を回転させた。

向きなおればアイヴァンの顔が思った以上に近くて、息が止まりそうになる。

鋭い漆黒の瞳が、すぐ間近でクレアを見つめている。いつもより長い間にクレアが戸惑いを感じたところで、アイヴァンはクレアの体から腕を離した。

「ターンは完璧だ。これなら、誰かと踊ることになっても、俺と踊るよりは上手くやれる」
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