冷徹騎士団長の淑女教育
ダンス下手な自分を自嘲するような、アイヴァンの台詞。
一瞬きょとんとしたのち、クレアはいたたまれない気持ちになった。
(『誰かと踊ることになっても』なんて……。私は、アイヴァン様以外と踊るつもりなんてないのに)
アイヴァン以外の男性の腕の中にいるなど、想像しただけで拒絶反応が起こる。
そんなクレアのひたむきな想いなど、アイヴァンは想像もしていないのだろう。
アイヴァンにとってクレアは、手のかかる子供に過ぎないのだから。
「お気をつけてお帰りになってください」
「分かった」
数時間後。一通りの学習や稽古が終わったあと、深夜近くになってアイヴァンはいつものように別宅を出ようとしていた。
レイチェルから預かったアイヴァンの上着を手に、クレアは彼が玄関先で身支度をするのを寂しい気持ちで見守っている。
この時間が、一日のうちで一番苦手だ。アイヴァンがいなくなると思うと、クレアはいつだって子供みたいに泣きじゃくりたい気分になる。だが、アイヴァンの求める淑女になるためには、そんな女々しい行為は許されない。
「明日は日曜日だったな」
袖を直しながら、アイヴァンがふとクレアに話しかけた。
「はい」
「気をつけて行けよ。そして、何があっても必ず戻ってくるように」
「分かりました」
アイヴァンは、九年前教会帰りにクレアが失踪して以来、外出の前には念を押すようにこう言うようになった。自分のことを大切に思ってくれているようで、言われるたびにクレアは嬉しくなる。
アイヴァンの準備が整ったのを確認して、上着を差し出す。
その時、ふいに違和感を感じた。
(薔薇の香り……)
アイヴァンの上着が鼻先をかすめた際、微かに香水の香りがしたのだ。
上着から女物の香水の香りがしたということは、つまりアイヴァンが女性と接触したということになる。それも、香水の香りが移るほど密接な距離で。
途端にズキンと胸の奥が痛んだが、クレアはアイヴァンにそのことを問いただせる立場にはない。
上着を羽織るアイヴァンを黙って見つめて、扉の向こうに消える彼を見送ることしかできなかった。
一瞬きょとんとしたのち、クレアはいたたまれない気持ちになった。
(『誰かと踊ることになっても』なんて……。私は、アイヴァン様以外と踊るつもりなんてないのに)
アイヴァン以外の男性の腕の中にいるなど、想像しただけで拒絶反応が起こる。
そんなクレアのひたむきな想いなど、アイヴァンは想像もしていないのだろう。
アイヴァンにとってクレアは、手のかかる子供に過ぎないのだから。
「お気をつけてお帰りになってください」
「分かった」
数時間後。一通りの学習や稽古が終わったあと、深夜近くになってアイヴァンはいつものように別宅を出ようとしていた。
レイチェルから預かったアイヴァンの上着を手に、クレアは彼が玄関先で身支度をするのを寂しい気持ちで見守っている。
この時間が、一日のうちで一番苦手だ。アイヴァンがいなくなると思うと、クレアはいつだって子供みたいに泣きじゃくりたい気分になる。だが、アイヴァンの求める淑女になるためには、そんな女々しい行為は許されない。
「明日は日曜日だったな」
袖を直しながら、アイヴァンがふとクレアに話しかけた。
「はい」
「気をつけて行けよ。そして、何があっても必ず戻ってくるように」
「分かりました」
アイヴァンは、九年前教会帰りにクレアが失踪して以来、外出の前には念を押すようにこう言うようになった。自分のことを大切に思ってくれているようで、言われるたびにクレアは嬉しくなる。
アイヴァンの準備が整ったのを確認して、上着を差し出す。
その時、ふいに違和感を感じた。
(薔薇の香り……)
アイヴァンの上着が鼻先をかすめた際、微かに香水の香りがしたのだ。
上着から女物の香水の香りがしたということは、つまりアイヴァンが女性と接触したということになる。それも、香水の香りが移るほど密接な距離で。
途端にズキンと胸の奥が痛んだが、クレアはアイヴァンにそのことを問いただせる立場にはない。
上着を羽織るアイヴァンを黙って見つめて、扉の向こうに消える彼を見送ることしかできなかった。