冷徹騎士団長の淑女教育
(きれい……)

クレアは、零れ落ちそうなほど大きな瞳をパチパチと瞬いた。

男の瞳は鋭く、どちらかというと冷たい印象だ。だがその濁りのない漆黒は、屋根裏の小さな窓から見た春の夜を連想させた。

花や木々の息吹がほのかに香る、どこまでも深い漆黒の闇。真っ黒で何も見えないのに、不思議と安心感を与える色。



クレアが男の瞳に見とれているうちに、男はクレアの左手に視線を落としていた。

はっとして、クレアは手を引っ込めようとする。あの醜い痣を、咄嗟に彼に見られたくないと思った。

だが屈強な騎士の力に叶うはずもなく、クレアの痣は男の目にあっけなく晒されることとなる。



(終わりだわ)

クレアは、自分が今すぐに殺されることを悟った。もしくは騎士の情けで、この場に捨て置かれるかのどちらかだろう。

ぎゅっと目を閉じ、騎士の動向をうかがう。だが彼がとった行動は、クレアが全く予想していなかったものだった。

ふいに左手首に感じたことのない温もりを感じ、クレアは恐る恐る瞼を上げる。

見ると、男の大きな両手がクレアのか細い手首を包み込んでいた。



驚きのあまり、クレアは息を呑んだ。その醜い痣に触れられたのは、初めてのことだったからだ。

戸惑うと同時に、手首から伝わるあたたかさに、たまらなく泣きたくなっていた。

人の手が、こんなにもあたたかいだなんて。

それを、こんな状況下で、敵国の騎士に教わるなど思いもよらなかった。



涙を滲ませるクレアの顔を、漆黒の瞳が物静かに見つめている。

やがて漆黒の騎士は、何も言わないままに、そっとクレアの背中と膝裏に手を回す。

そして、軽々と抱き上げた。




< 6 / 214 >

この作品をシェア

pagetop