冷徹騎士団長の淑女教育
突然の出来事に、クレアはただただ固まることしかできなかった。

エリックとの密会がバレてしまったという、動揺からだけではない。成人男性の体を軽々と投げ飛ばしたアイヴァンの力強さにも驚かされた。

クレアの知っているアイヴァンは、勉強を教えているか、指導をしているかのどちらかだった。他人に危害を加えるところを初めて目にして、彼がユーリス王国の王宮騎士団の頂点にいる人間であることを思い出す。




「いくらあなたでも、これは許される行為ではありません」

アイヴァンの声は、いつもに輪をかけて低かった。まるで獣の唸りを耳にしたときのような、ぞっとする怖さがある。

そしてクレアは今のアイヴァンの口ぶりから、二人に面識があることを感じ取った。

芝生の上に派手にしりもちをついていたエリックは、腰をさすりながら身を起こす。

「……おっかないね。さすが、鬼と噂される騎士団長だ」

「ここは俺の家です。あなたの行為は、不法侵入に値する」

「知っているよ。そして、君が僕を罰せれる立場にないことも」



今の状況にそぐわない、涼やかな笑みを浮かべるエリック。アイヴァンの表情が、ますます凄む。クレアを叱るときの何倍も怒りを漲らせている彼に、クレアは軽い恐怖を覚えた。

(エリックは、何者なのかしら……)

次期公爵であり王宮騎士団の騎士団長であるアイヴァンに、このような口のきき方ができる人間は、この国には数えるほどしかいないだろう。
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