冷徹騎士団長の淑女教育
「……何も」

蛇に睨まれた蛙の心地で、か細い声を出す。

漆黒の瞳が鈍くぎらついた。

「嘘をつけ。手を握られていただろう」

「あれは、エリックのささいな悪戯に過ぎません」

「悪戯? 君はそう思ったとしても、相手は違う」

ハッと、アイヴァンが嘲笑した。それから、エリックが先ほどしていたように、クレアの手を引き寄せる。




無骨な手に捕らわれた手が、アイヴァンの口元に寄せられる。一日の大半を室内で過ごすため、日に晒されることの少ないクレアの手は作り物のように白い。日焼けしたアイヴァンの大きな手におさまったそれは、ひどく頼りなく見えた。

ドクン、とクレアの心臓が深く跳ねた。

エリックにされたときとは違う高ぶりが、全身を駆け巡る。

「アイヴァン様……」

「君は無垢すぎる。それは、君を過保護に育てすぎた俺の責任でもある。そういえば、まだ教えていなかったな。男が本来、どういう生き物か」




アイヴァンが口を動かすたびに、彼の唇がクレアの指先をかすめる。心臓が、陸に打ち上げられた魚のように跳ね回っていた。

いつもの厳しさとは、まるで違う。アイヴァンはきっと、約束を破ったクレアを心の底から蔑んでいるのだろう。

そうでなければ、クレアをこんな状況には追い込まないはずだ。

「ごめんなさい……」

クレアは、今にも泣きそうな声で謝った。

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