冷徹騎士団長の淑女教育
アイヴァンは、片眉を微かに上げた。こんな王都の端にまで、噂はもう広まっているらしい。

「……心配ない」

「ですが、陛下にもしものことがございましたら、この国はどうなるのでしょう?」

気が気でない風に、レイチェルが言う。

「陛下と王妃様の間にはお世継ぎがおられませんし……。あの聡明な王妃様が女王として跡を引き継いでくださったならば、この国も安泰なのですけど」

現国王であるハワードの妻デボラ王妃は、その美しさと聡明さから国民に慕われている。最近は体調を崩している国王に代わり政治を取り仕切ることもあった。

アイヴァンも、デボラ王妃のことは一目おいている。男に負けない意思の強さを持ちながら、女の優しさとしたたかさを併せ持っている、類を見ない女性だ。

この国の行く末は、アイヴァンの手腕にかかっている。そのためには、この国のどこかで密かに王族を狙っている危険分子を、まずは排除せねばならない。王が容態を崩した隙に、きっと何かしらの動きを見せるはずだ――。




「それでは、ごゆっくり」

アイヴァンが顎先に手を当て思案にくれていると、レイチェルが部屋を去る物音がした。アイヴァンはティーカップに口をつけ、再び窓の外に目をやった。

芝生の向こう、薔薇園に続くアーチ門の石段に、クレアが途方にくれたように座っているのが見える。

エリックに会えないことを、哀しんでいるのだろうか。

そんな想像が、またしてもアイヴァンの心をかき乱す。



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