冷徹騎士団長の淑女教育
第六章 大公子息の策略

「レイチェル……。あの人、魔術師か何かなのかしら」

「誰のことですか?」

「ベンのことよ。必ず私の近くにいるの。いないと思ってもいるの」

「まあまあ、魔術師だなんて、大袈裟ですこと。たしかに、いるのかいないのか分からないときはありますけどね」





食堂で編み物をしていたレイチェルはさも面白そうに笑っているが、クレアは真剣そのものだった。

ベンのしつこさは、想像以上だった。

庭で一息ついていると、どこからともなく視線を感じ、振り返れば茂みに紛れるようにしてクレアを監視していたり。

さすがに部屋まではついてこないが、窓の外を見れば、庭園の片隅からじっとこちらを見上げていたり。

かと思えば、いつの間に移動したのか、部屋を出るなり廊下の陰に潜んでいたり。

とにかく、クレアはいつ何時も一人になった心地がしないのだった。

エリックとの密会を阻止するためとはいえ、行き過ぎている気がする。

それに、山高帽に隠れていまだ彼の顔をはっきり認識できないのも不気味だった。少し長めの髪がダークブラウンなのはわかるが、今のところ特徴と呼べるのはそれぐらいだ。目が大きいのか、小さいのかも知らない。



「でもまあ、子供の頃よりはベンも人間らしくはなりましたよ。アイヴァン様が連れ帰ってきた時は、今にも他人に噛みつきそうな獣そのものでしたがね」

レイチェルの言葉に、クレアは瞠目する。

「子供の頃よりもってことは、ベンもここで育ったの?」

「ええ。アイヴァン様が九歳の頃に、貧民街でベンが大人に虐げられているのを見かけ、助けられたのです。それからずっと、ベンはアイヴァン様の忠実な僕としてこの別宅に住んでいます」
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