迷子のシンデレラ

 大きなビルは葉山商事の自社ビルで、土曜だというのに葉山の父は会社にいるようだった。

 会社という場所が赤ん坊を連れて行くのに場違いで余計に躊躇する。
 失礼のない服装で来たつもりだったが、抱っこ紐で琉依を抱えている時点でアウトかもしれない。

 初めての挨拶くらい琉依を預けて来た方が良かったのではないかという思いと、初めてだからこそ琉依と一緒に挨拶したかった思いとが交錯する。

 尻込みしている智美に葉山は背中へ手を当てて柔らかな微笑みを向けた。
 そして智美の胸に抱かれている琉依の頬へ優しく触れ、微笑んだ。

 その姿に心が温かくなり、琉依を連れて来たことは間違っていない。と気持ちを強く持った。

 最上階に着きエレベーターが開くと同時に臙脂色の絨毯が敷かれていた。
 いつの日かの仮面舞踏会の絢爛豪華な会場を思わせた。

 執務室の前で一呼吸置いた葉山が智美へ目配せをして頷くとノックをした。

「入りたまえ」

 物々しい声色に体を固くしつつ扉を開ける葉山へ続いた。


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