迷子のシンデレラ

 何を言っているんだ、この人は……。

 訝るような視線を向けて、しまったと気付いても遅かった。
 彼の瞳に囚われて再び唇が重なった。
 それは情熱的に重ねられ、深く欲情を煽る。

 息の上がる智美の髪に手を入れてかき回すと「こういうキスがしたくなる相手と僕は結婚したいんだ。智美は違うわけ?」と問われた。

 葉山の前から姿を消そうとした時。
 結婚前提に付き合おうと言ってくれた人がいた。
 その人と逃げてしまえば何も考えずに済んで楽だったと思う。

 急いで体の関係にでもなって、産まれてくる赤ちゃんをその人の子だって言って育てていけたかもしれない。
 例え、目の色が違っても自分が実は遠い祖先に、とでも言えばいい。

 そんな考えが瞬時に頭を過ぎったくせに、付き合おうと言ってくれた人へすぐさま丁重にお断りをしていた。
 口は勝手に「他に想っている方がいるので」と動き、体は勝手に深く頭を下げていた。

 人を騙せないとか、そんな綺麗事じゃない。
 自分を騙せなかった。
 自分の気持ちに嘘はつけなかった。

 答えは出ているのに、彼の手を自信を持ってつかむことが出来ない。

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